イエスはガリラヤを行き巡り、彼らの会堂で教え、王国の良い知らせを宣べ伝え、人々のあらゆる患いや病を癒された。彼についての知らせがシリヤ中に広まり、ひどい痛みや、悪鬼憑きに苦しんでいる人、発作を抱えている人、麻痺している人など、様々な患いで病んでいる人々をみな、人々は彼のところに連れてきた。(マタイ四・二三~二四)


 イエス・キリストの福音には二つの面がある。福音は罪の赦しと永続する命の知らせであるだけでなく、人の不幸に反対する知らせでもある。罪の終焉が宣べ伝えられるだけでなく、苦難と死の終焉も宣べ伝えられる。苦難はすべてやむのである!キリストの血を通して罪が征服されたのと同じように、復活の時、苦難も終わりを迎える。イエスがしるしと不思議を行われた時、イエスは苦難に反対する福音を宣べ伝えておられたのである。

 この福音により、永続する命が確かであるように、この惨めな世が終わることを私たちは確信することができる。キリストのこの二つの面を分離することはできない。十字架と赦しの面だけを強調して、復活や、不幸の征服を無視してはならない。サタンは私たちを試み、迷わせて、救い主に十分耳を傾けさせないようにする。これはサタンの罠である。

 贖いに対するこの世の切望に直面する時、次のことは明らかである。すなわち、救い主は私たちの罪を赦して下さるというこの一つの点しか強調しないなら、福音によって真の慰めをもたらすことはできないのである――そして、さもなければ、この世は自分の道を行くことができるのである。同様に、もし私たちが救い主を奇跡を行われる方として示すだけで、「安心しなさい、救い主に癒してもらうことができます」と宣べ伝えるなら、福音によって真の慰めをもたらすことはできないであろう。その時、悔い改めと赦しはまったく忘れ去られ、人々の内に根本的変化が生じることは決してないであろう。

 イエスは、罪人たちがご自分のもとに来るのを許されたように、病人が来るのを許された。彼には赦す用意があり、癒す用意があった。罪人はほとんど来ないで、病人だけが来る時もあった。そして、イエスは彼らを全員歓迎されたのである。ああ、諸国民がこの良い知らせを聞きますように!病人も来ることができるし、罪人も来ることができる――誰でも歓迎されるのである。

クリストフ・フリードリヒ・ブルームハルト


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