神のものである天の人

 これに続いて(別の言葉に重点を置いて同じことを言っているにすぎませんが)、このヨハネによる福音書にはこう記されています。「私は天から下って来た生けるパンです」。「私は天から下って来ました」。ここでほぼ同じ調子で一つの句が繰り返されています。永遠という言葉は、確かに過去に遡る言葉です。ここでは「天から」という言葉が使われています――この言葉は上を指す言葉です。しかし、「私は天から下って来ました」とはどういう意味なのでしょう?キリストが語られたのはまったく奥義的なことであって、聖霊が心に解き明かして下さらないかぎりわからないことだったのです!キリストは天にいる人の子について話されました(ヨハネ三・十三)。キリストは地上にいてこの御言葉を語っておられるのに、「天にいる人の子」について語られたのです。これはどういう意味でしょう?新約聖書の後の書が示しているように、キリストが言わんとされたのは次のことに他なりません。すなわち、キリストはこの被造物には属していないのです。キリストはこの地上の人類の通常の方法で生み出されたわけではありませんし、アダムの通常の系統にしたがって誕生したわけでもありません。「私は天から下って来ました」。キリストにまつわる最も本質的で深遠な現実は、キリストは別の体制に属しておられるということです。確かにキリストはマリヤから生まれましたが、キリストはユニークな方法で聖霊からお生まれになったのです。何かが働いていたので、誕生の前から御使いはキリストについて「あなたが身ごもっているその聖なる方」(ルカ一・三十五)と言うことができました――この言葉は聖潔の完全性について述べています。この聖潔の完全性は聖霊なる神の介入の結果であり、聖霊はこの堕落した被造物の遺伝からこの御方を切り離されたのです。ですから確かに、天から下った聖霊により、キリストは天から下られたのです。要するに、キリストは人類の別の体制に属しておられるのです。キリストには他の人と異なるユニークな特徴があります。キリストのような人は他にいません。「私は天から下って来ました」。

 これがまた神の御思いでもありました――時間の中や私たちが知っているこの地上には見つからないある種の人、私たちに馴染みのない人類が神の御思いだったのです。その人は異なる体制に属しており、この領域やこの人類という種族のまったく外側にあります。私たちは「御子のかたちに同形化されるよう予め定められ」ました(ローマ八・二十九)。あなたも私も、生まれながら属しているのとはまったく異なる体制に属するようになるのです。この造られた世界で今私たちが属しているこの体制は、神の御思いにまったく従っていません。悪化し、堕落して、神に認められることも受け入れられることもないものになってしまいました。何か別のものであり、混乱し、汚染され、もつれ、毒されているのです。


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