「神のパンは天から下って来て、世に命を与えるものです。(中略)私は命のパンです。(中略)私は天から下って来ました。(中略)私は天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンから食べるなら、その人は永遠に生きます。そうです、私の与えるパンは私の肉であり、世の命のためです。(中略)人の子の肉を食べ、その血を飲まないなら、あなたたちの内に命はありません。(中略)私の肉はまことの食物であり、私の血はまことの飲み物です。(中略)私は天から下って来たパンです。」(ヨハネ六・三十三、三十五、三十八、五十一、五十三、五十五、五十八)

 「キリストが信仰を通してあなたたちの心の中に住んで下さいますように。それはあなたたちが愛の中に根ざし土台づけられて、すべての聖徒と共にその広さ、長さ、高さ、深さを理解するよう強くなり、人知を超えたキリストの愛を知り、満たされて神の全豊満に至るためです。」(エペソ三・十七~十九)

 主が力づけて下さっているので、キリストと私たちとの関係、十字架によるキリストから私たちへの移行について理解するようにしたいと思います――ここで言う「私たち」とは主の民のことです。これまでキリストの偉大さについて考えて来ましたが、その際、キリストのパースンについていくつか述べました。第一に、子たる身分に関して、キリストの永遠性――永遠の子たる身分――について考えました。次に、その対極にあるものとして、人の子であるキリストについて考えました。神の御子は永遠ですが、人の子は時間の中にあります。神の御子は天におられますが、人の子は地上におられます。私たちはこれまでこの二つの身分に含まれる偉大さについて理解しようと努めてきました。また私たちは十字架の偉大さについても考えました。キリストについて述べたことの一つは、キリストはこの宇宙の外側に一人で孤立しておられるのではないということです。そうです、キリストについての啓示が――永遠の子たる身分の啓示ですら、他のすべての能力の啓示と同様に――目的としているのは、キリストは私たち人と密接な関わりがあることを示すことなのです。「キリストの永遠の子たる身分は、ただそれだけなら私たちとは何の関わりもない」と述べたことを、あなたは覚えておられるでしょう。もしそれが私たちに何らかの影響を及ぼすものでないなら、私たちはそれにはあまり関心を持たなかったでしょう。ですから、人に対する啓示のまさに本質とも言えるものは、神は人がそれを知ることを願っておられるということであり、それには偉大な御旨があるということなのです。神がこれらのことを私たちに示して下さるのは、たんに何かとても素晴らしいものを私たちに見せるためではありません。神の啓示にはある目的、大きな目的、しかし大いに実際的な目的があるのです。神が言っておられるのは実際的にはこういうことです、「さて、これはあなたに関係することです。あなたはこれと関連しており、関係しているのです」。ですから、子たるキリストの偉大さ――神の子、人の子としてのキリストの偉大さ――を、新約聖書は私たちに関する実際の日常的関係の中にもたらします。御子キリストは多くの子たちを栄光に導いて下さいます。人の子キリストは新創造の長子です。そして、キリストの人性の中で、キリストのかたちにしたがって、新創造は神に立ち返り、キリストにあって神に献げられます。さて、これはみな共通の土台ですが、私たちはそれらすべての内なる実際的意義に至らなければなりません。


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