(b)御民を豊かにするため

 シバの女王が来て見学したのは、主の御名のゆえでした(列王記上十・一)。主の御名は次のことと関わりがあります。すなわち、主の御名はキリストの豊かさと関係しているのであり、神の栄光は人々がキリストをどう見るのか、キリストを神の豊満なる御方としてどう経験するのかにかかっているのです。その結果はこうでなければなりません――私たちはこれから逃れられません――神の家の中でキリストによって神の真の豊かさが実際的に啓示される時、ただ主だけが栄光をお受けになるのです。第一のすべてを支配する要因は、神に栄光を帰すことです――これはみな神に遡ります、なぜなら、神がソロモンに富と力と知恵をお与えになったからです――これから直ちに生じる結果は、神の民が豊かになることです。神の気前よさは、決してソロモン個人に限られてはいません。一人の人が自分の王国の中を孤高の存在として独自に歩んで、自分の富をすべて自分のために費やすようなことがあってはなりません。孔雀の一羽のように自分の栄光でふんぞり返って、ネブカデネザルのように、「この偉大なるバビロンは私が建てたものではないか・・・」(ダニエル四・三十)と自分に言うことがあってはならないのです。ここではそのようなことはありません!直ちにわかるように、それは神の民という結果になります。それは神の民のためであり、神の民を豊かにするためです。個人の自己中心的な利益のためではなく、イエスラエルのためなのです。シバの女王はこれを指摘しました、「主はイスラエルをとこしえに愛しておられるので、あなたを王にされたのです」(列王記上十・九)。

 エペソ人への手紙を見ると、パウロはキリストを知る知識と、知恵と啓示の霊とを求めて祈っていますが、その祈りの中で注目すべき不思議な短い句を用いています。「それはあなたたちが、聖徒たちの間にある彼の嗣業の栄光の豊かさを知るためです」(エペソ一・十八)。これはどういう意味でしょう?神の奥義によると、これは次のことを意味するのかもしれません。すなわち、キリストは聖徒たちの間に何かご自分の嗣業となるものを持っておられるのです。それはキリストにとって得る価値のあるものであり――どうしてそうなのかはキリストだけがご存じです――ご自分の満足のためであり、それによってキリストご自身も豊かになります。どうしてそんなことがありえるのか私にはわかりませんが、次のことはわかります。すなわち、キリストは嗣業を御父からお受けになったのであり、神の全豊満はキリストの上に豊かに注がれてキリストの内に蓄えられていますが、キリストはそれを教会の中にもたらされたのです――キリストの嗣業は聖徒たちの間にもたらされたのです。これが本当に正しい解釈かどうか私にはわかりません。しかし、私は信じていますが、次のことには真理が含まれています。すなわち、キリストは御子として受け継いだ富を教会の中にもたらされたのです。ソロモンが神の家とイスラエルの中に神から与えられた莫大な富をもたらしたのとまさに同じです。それは聖徒たちの間にあるキリストの嗣業であって、ご自身のためではありませんでした。キリストは地上に来るまでもなくそれを持っておられました。「世が造られる前に、私があなたと共に持っていた栄光」(ヨハネ十七・五)。キリストはすべてを持っておられました。彼が万物を創造されたからです。しかし今、キリストはご自分の豊かさを地上にもたらされました。「私たちはみな、彼の満ち満ちた豊かさの中から受けて、恵みに恵みを加えられました」(ヨハネ一・十六)。「キリストにあって、あなたたちは満ち満ちているのです」(コロサイ二・十)。これは御民のための富です。ですから、神の栄光はこの道によって働きます。

 親愛なる友よ、神の子供が霊的貧困に陥ること、教会が霊的富に欠けることは、神にとって栄光ではありません。神の御思い、神がそうしたいと願っておられることは、教会が夢想だにしなかったほど、教会をキリストの富によって豊かにすることなのです。パウロはこれを幾らか見て知っていました。「ああ、深いかな、その富は・・・」(ローマ十一・三十三)。「神の恵みの豊かさ」(エペソ一・七)。キリストの富を一つ一つ熟考して、恵みの豊かさを完全に熟考するには、長い時間がかかるでしょう。ただこう言えるだけです。私にとって困難なことは、これらのものを別々に保つことです。私が見るところ、教会の偉大さは単独で取り扱うべきものです。しかし、ここでは同時に取り扱うことにします。キリストの豊かさ、富、気前よさ、キリストの内に蓄えられているものはみな、教会に対してであり、個人に対してではありません。それは団体的で集団的なものなのです。キリストの豊かさを入れるのにふさしい器には、からだ全体が必要でしょう。こう述べておいて、元にもどることにしましょう。神の栄光を宿す民は、キリストの豊かさの恩恵にあずかるようになった民、そして日々、それによって生きている民なのです。


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