主権的恵み

 ソロモンについてもう一点述べましょう。ソロモンが王位に着いて、それを保持したのは、神の主権によりました。なぜなら、彼は神に愛されている者だったからです。この二つは常に共に進みます。確かに主権のおかげなのですが、これは彼が神に愛されている者だったからなのです。ソロモンの誕生には秘密がありました。バテシバが何者か、何が起きたのか、私たちは知っています。ソロモンの誕生には悲劇や失敗が関係していました。しかし、色々質問し始めるなら、私たちは困難に陥るでしょう。しかし、この出来事の背後に働いている主権を、私たちは見なければなりません。私たちはこの出来事を主イエスに結びつけることはしませんが、他方、主イエスの場合についても一つの系譜があって、この素晴らしい原則が働いています。それは主権的恵みです。ああ、主権的恵みをソロモンほど完全に体現した人はいません。主イエスの系図を覚えておられるでしょうか?その系図は福音書の冒頭に記されており、何人かの人について述べています。遊女ラハブ――キリストはこの人の子孫でした。それからモアブ人のルツもいます。この人たちはキリストに至る暗い行程である、と言う人もいます。しかし、そうでしょうか?それは見方によります。この人たちを通して主権的恵みの化身である御方が生まれました。これについてはこう言えば十分です。ラハブに対する恵み!彼女は神聖な系図にふさわしいでしょうか?ルツはどうでしょうか?ルツはモアブ人の女性でしたが、モアブの民と国について御言葉はこう述べています、「モアブ人は主の会衆に加わってはならない。彼らの子孫は十代までも、いつまでも主の会衆に加わってはならない」(申命記二十三・三)!何が問題だったのでしょう?恵みが律法に打ち勝ちました――これがすべてです!「罪が満ち溢れるところには、さらに豊かに恵みが満ち溢れました」(ローマ五・二十)。そして、これはキリストの内に集約されています。よく注意して下さい。キリストが予型としての死と葬りと復活により、私たちのために恵みの御業をすべて成就されたのは、ヨルダン川においてでした。ヨルダン川で天が開け、「これは私の愛する息子である」という御声が聞こえました(マタイ三・十七)――キリストは神の愛する者です。他方、愛されることは完全に恵みに基づきます。「神は御子にあって私たちを受け入れて下さいました」(エペソ一・六)。「神は私たちを暗闇の力から解放して、愛する御子の王国に移して下さいました」(コロサイ一・十三)。ですから、ソロモンが主権により王座に着いたのは、彼が主の愛する者だったからに他なりません。もちろん、私が言っているのは、神と等しい御方である主イエスの神聖な権利のことではありませんし、その統治権や主たる権利のことでもありません。というのは、私が見るところ、聖書が第一に述べているものは、この宇宙の外にいて私たちから遠く離れている神やキリストについてではないからです。聖書が特に述べているのは、どのように神とキリストが私たちの生活の中に、私たちの世界の中にやって来られたのかということであり、いかなる根拠に基づいてこの世、この被造物を受け入れて下さったのかということです――その根拠とは恵みです。そして、子たる身分は、新約聖書に関する限り、常に神聖な恵みとつながっています。子たる身分は贖い、和解、義認にあります。子たる身分は霊的なものであって役職ではなく、神の恵みによるのです。


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