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「聖徒たちの祈り(中略)火を(中略)地に投げた。」(黙八・三~五)
「あなたたちが得ることがないのは、求めないからです。」(ヤコブ四・二)


 もし神の子供たちの間に祈りの復興があったなら、すぐに教会外の世界に祝福の「復興」が生じていたでしょう。私たちは賢明な祈りについてほんの少ししか知りません。それは宣べ伝えの「働き」のような大いに明らかな働きに道を譲っています。次にヤコブ五・一六の改訂訳に向かいましょう、「義人の嘆願は大いに効力があります」。

 祈りによって成就される働きがあります。しかし、それは「義人の嘆願」でなければなりません!転嫁された義によって義であるだけでなく、罪への姿勢において、そして個人生活においても義でなければなりません。効力のある祈りには一つの絶対的条件があるのです!祈る人は勝利の個人生活を送らなければなりません。ですから、最初の問いは、「もし勝利の祈りを理解・了解したいというなら、あなたは勝利の個人生活を送っているでしょうか?勝利の個人生活を送ることを願っているでしょうか?勝利の個人生活を送る決意をしているでしょうか?」というものです。勝利について語りはするものの、勝利の条件を満たそうとしない人が大勢います。

エリヤはどのように祈ったか

 ヤコブが述べている例では、祈りがどのように効力を発揮したのかを見ることにしましょう。使徒はエリヤに言及して「エリヤは私たちと似た性情の人でした」と述べ、次に続けて彼の祈りの効力を示します。エリヤに可能なことはあなたにも可能である、と言わんばかりです。「雨が降らないよう彼が熱心に祈ると、雨は降りませんでした」。この人には天を閉ざす力がありましたが、それでも「私たちと似た性情(改訂訳欄外)」の人でした。彼の祈りの効力は、天が雨を降らさないよう彼が祈ると、まったく雨が降らないほどのものでした。

 国全体に対して天が閉ざされるよう祈れるとは、たいした「働き」です。私たちはこの祈りの働きの可能性を理解してきませんでした。祈りは多くの人にとって、自由な時間が少しある時にするべきものであり、そうは言っても稀にしかありません。しかし、祈りは決定的働きであり、地上でなされるべき他の奉仕よりも、その結果は重大かつ壮大であり、偉大なものなのです。ただし、それは人が祈る方法を理解していればの話です。

 エリヤ――私たちと似た性情の人――はこのように祈り、その祈りによって国全体に影響を及ぼせるほどの働きを成し遂げました。

 私たちがなす必要があるのは、このような祈りの可能性に対して自分の心を開いて、神を知るという明確な目的を定めることです。それは、私たちがエリヤのように祈れるようになるためです。ここに、喜んで学ぼうとするすべての信者に対する、途方もない可能性があります。もしあなたが神を知ることを学ぶことができて、なにがしかのことがなされることを神が望んでおられる時に神の御心を知ることができれば、あなたはエリヤのように祈れます。エリヤは神を知っており、神のみこころを知っていました。それで、イスラエルに対して効果的に祈れたのです。あなたも同じ方法で国全体に、実に全世界に影響を及ぼすことができます。ただし、それはあなたが神のみこころを知っていればの話です。なぜなら、神のみこころにかなった祈りは「大いに効力がある」からです。


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