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 また、復活には私たちを癒す力があります。復活節の朝に墓から出て来た方は、体を持つキリストでした。キリストのこの体は、私たちの体のかしらであり、私たちの霊の命だけでなく私たちの体の力の土台でもあります。キリストを受け入れて彼に信頼するなら、キリストは私たちの霊を世話して下さるように私たちの体も世話して下さいます。そして、私たちは自分の死すべき体の内に新しい超自然的な力を見いだすようになるだけでなく、自分の肉体の中に将来の復活の鼓動を見いだすようになります。

 キリストの復活には、私たちの信仰を力づける大能の力があります。また、祈りに対する答えを神に求めるように、神に難しいことを求めるように、私たちを励まします。墓は開かれ、墓石は転げ去ったのですから、一体何が難しかったり、不可能だったりするでしょう?「信じる私たちに対して、その大能の力にしたがって働く、御力の卓越した偉大さ。神はこの力をキリストの内に働かせて、彼を死者の中からよみがえらせ、ご自分に右に据えられました」。神はこの「御力の卓越した偉大さ」を私たちに教えようとしておられます。これほどのことを神は、クリスチャンの経綸時代、イエスの御名によって、行うことができますし、喜んで行おうとしておられます。キリストの復活は、私たちの求めに対する保証であり、この復活の力を十分に信じるなら、かつて私たちがなしたことを遥かに超えるものを受けるでしょう。

 主イエス・キリストの復活は真の奉仕の力です。キリストの復活の証しを、聖霊は人々を救いに至らせる神の力として、常に格別に用いられます。これが初期の使徒たちの務めの主要な題目でした。使徒たちはイエスと復活を常に宣べ伝えました。これはクリスチャン生活やクリスチャンの働きに格別な明るさと魅力を与えます。多くのクリスチャンは、自分の葬儀に向かう所であるかのように陰気に見えます。そう遠くない昔、私たちは一人の小さな少女の話を聞きました。その少女は道で陰気に見える人々と出会い、「お母さん、あの人たちはクリスチャンじゃないかしら?」と言いました。母親が、「どうしてそう思うの?」と尋ねると、少女は言いました、「だって不幸そうに見えるんだもん」。

 これは修道院や十字架に由来する類のキリスト教です。これは復活節の類のものではなく、確かに、より高い類のものでもありません。イエスの宗教は、春の花、さえずる小鳥たちの歌、よみがえる自然のみなぎる鼓動のように明るくなければなりません。私たちの主は、この明るい朝、女たちと出会い、「平安あれ」という励ましのメッセージを与えられました。これと同じように、年の初めに、新しいクリスチャン生活の朝に、主は私たち一人一人と会って下さいます。そして、私たちの力である私たちの主の喜びと共に前進するよう、私たちに命じられます。


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