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神の真理は不変だが方法は可変である

 二組の事柄があることを理解しなければなりません。一方において根本的真理があります。これに関しては決して柔軟であってはなりませんし、それから決して離れてはなりません。根本的真理を放棄することや、自分たちの基礎を変えることはありえません。これらはそのままでなければなりません。これに関して私たちは柔軟ではありません――柔軟であってはなりません。神のあらゆる支配的御旨の問題に関しても、私たちは不動でなければなりません。これに関して、私たちは堅固であり、何ものも私たちを動かせません。また、不動の霊という基礎も必要です。

 しかし、他方において、神はご自身の方法を変える場合があることを私たちは認識しなければなりません。神はご自身の真理、基礎、目的を変えることはありませんが、方法は変えることがあります。神ご自身の主権的権利の中には、望むままにことを行う権利、それまで聞いたことのない新しいことを行う権利が含まれます。しかし、今日のキリスト教の大部分はこれを許そうとしません!過去になされたことのないことを全能の神が行うことすら許しません!境界線が決まっていて、真理の範囲が完全に制限されています。方法は何々、公認の方法・手段はこれこれ、と決まっています。それらから離れるのは――安全ではなく、危険です。新しいことをなす余地は聖霊に許されていません。しかし、ここでバランスが必要です。一方において、真理の基礎は不変であり、神の御旨は不変であり、不動の霊は不変ですが、他方において、それでも、これら一切にも関わらず、バランスを取らなければなりません。他方において、神の可変的方法、「路線から外れる」神の主権的権利に関して、バランスを取らなければなりません。というのはこれらの境界線はまったく神の境界線ではないかもしれないからです――人の境界線かもしれないからです。神は「私は新しいことをなそう」と仰せられます。新しいことをなす彼の絶対的権利を認めなければなりません。

 ですから、柔軟性が大いに必要です。これはとても重要なことです。伝統への固執、特定の教理的立場への執着は、大きな誤解と混乱、停滞と崩壊という結果を招いています。聖霊をこのように制限することによって、多くのものが失われています。


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