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神の備えに関心を持つ必要性

 しかし、私たちは覚えておく必要があります。主には備えをする気も用意も大いにあるのですが、他方、主はその備えの対象者の側に、それに関心を持つよう要求されます。これはかなり核心を突いていると思います。ご存じのように、この霊の食物の問題に関して不満が広がっています。入手可能なものがほんの少ししかない、真の教えがほんの少ししかない、堅い食物がほんの少ししかない、という不満です。これがどう述べられているにせよ、この食糧不足に関する不満がかなりあります。しかし、このように不満な状態が存在するのは、大部分、士官か人々かいずれかの側が霊の食物に十分関心を持っていなかったためではないでしょうか?彼らはこの問題に注意せず、実際のところそれに関心を持っていなかったのです。キリスト教的事柄に関する軽食を食べて生きることで満足してきたのです。真に真剣な人々のために、主は資源を利用できるようにされます。真に戦いのさなかにある人々、主の栄誉と勝利に真に関心を寄せている人々のために、主は適切な供給が与えられるよう配慮されます。あなたや私にそのような気持ちやつもりがないなら、主は「自分の真珠を豚の前に投げ」ないでしょう――あまり関心のない人々にご自身の霊的富を与えられないでしょう。しかし、もし私たちが関心を持っているなら、主は備えをして下さるでしょう。

 主は常にご自身の備えが有益なものとなるようにされることがわかります。それは実際的背景に対して備えを与えることによってです。実際的背景があって初めて、私たちは主の備えによって益を受けられます。こういうわけで彼は常に私たちを、主をいっそう深く知ることが必要な状況の中に投げ込まれます。新約聖書に記されていることはすべて、大いに実際的な背景に対して私たちに与えられる、というのは周知の事実ではないでしょうか?人々は座って随筆、論文、その類のものを書いたのではありません。彼らは極めて危機的な状況に直面し、そうした状況を対処するために書いたのです。生きるか死ぬかの諸問題によって、これらすべての書き物が生み出されたのです。それが背景でした。当時言えたことは、依然として私たちの生活にも言えます。すなわち、実際的背景がなければ、私たちは主の備えから決して益を受けられないのです。


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