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訓練に対する主の関心

 今、私たちは主の民として、この問題を私たち自身の生活に当てはめることにしましょう。主ご自身、訓練のこの問題に何よりもこだわっておられることを理解することは、とても重要です。おそらく、私たちはある程度それを知っているかもしれません。おそらく、私たちはそれに直面したことがあるかもしれません。しかし多分、私たちはそれについてあまり考えてきませんでした――それを目でまっすぐ見据えて理解してきませんでした。主ご自身、訓練に関して大いにこだわっておられます。私たちがそうしてもしなくても、主は戦争の観点からすべてを御覧になります。彼は戦争というこの問題で聖書を満たされました。彼ご自身、「いくさびと」(出一五・三)であると宣言されています。主は、戦争中であることをご存じであり、それについてすべてご存じです。自分たちはそれについて少し知っている、と私たちは思うかもしれません。しかし、進行中のこの霊の戦争の完全な規模と範囲に関する全き認識を彼は持っておられます。なぜなら、それは恐ろしい戦いであり、これらの二つの大きな王国・勢力・体系の間で荒れ狂っているからです。それで彼はすべてを戦争の観点からご覧になります。また、戦争状態という基礎に基づいて私たちを取り扱われます。ですから、この訓練の問題に関して彼は何よりもこだわっておられます。

 さて、このような見解に思いを馳せるなら、なぜ主は私たちに対してとても厳格なのかがすぐにわかります。彼は私たちに事実上こう仰せられるでしょう、「あなたは理解していないのですか、自分が大きな戦いの中にあることを?あなたは理解していないのですか、自分は戦地勤務の兵士であり、戦時状態下にあって、このような状態によるあらゆる苦難を被っている――いずれにせよ、本来そうでなければならない――ことを?この光に照らして見るとき、あなたはどのような類のクリスチャンでしょう?」。主は私たちを去らせません。私たちを叱り、実際に私たちを訓練の基礎の上に保たれます。なぜなら、私たちが有用であってもなくても、彼は戦争とその結果の観点からすべてをご覧になるからです。おそらくこういう理由で、一見、主はれだまの木の下のエリヤに対してやや不親切だったのでしょう。「あなたはここで何をしているのですか?あなたは戦いの中にいるべきなのに!あなたはここで何をしているのですか?戦争は続いています!山上では大いなる日没が一回あっただけで、私たちはまだこの戦争を切り抜けていません。あなたはここで何をしているのですか?」。これがこの物語の正しい解釈であるにせよないにせよ、主は私に対してこう要求されることがよくあります、「あなたはここで何をしているのですか、これはどういうことですか?何のためにそこに座り込んでいるのですか?彼処では戦争中であること、自分はその中にあることを、あなたは忘れているのですか?」。それで主は注意深いのであり、こだわっておられるのです。彼は私たちをこの観点から、そしてこの基礎に基づいて取り扱われます。


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