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| 2019 | |
これは私たちを新約聖書に連れ戻します。エペソ人への手紙――あの偉大な戦いの手紙(なぜならそれはそのようなものだからです)――で、パウロは「知る」という言葉を大いに凄まじく強調しています。その冒頭で彼は祈ります、「それはあなたたちが彼の召しの望みの何たるかを知るためです」「それはあなたたちが聖徒たちの間にある彼の嗣業の(中略)富を(中略)知るためです」。「それはあなたたちが(中略)彼の力の卓越した偉大さを知るためです」(一・一八~一九)。「それはあなたたちが知るためです……」!「知る」というこの言葉が、私たちの戦いというこの問題全体を支配する言葉です。熟練した兵士だったので、パウロは主を知ることを大いに強調しました。「それは私が彼を知るためです……」と彼はある箇所で書いています(ピリピ三・一〇)。人々が重要だと見なしている他の何ものにもましてこれは遥かに重要である、と彼は述べました。彼はこの知識を彼が以前持っていたあらゆるもの――莫大なこの世の嗣業の富――と対比しています。「しかし」と彼は言いました、「私はそれをみな無――塵芥――と見なします。それは私が彼を知るためです」。これによりパウロはあのような戦士になったのであり、彼を通して教会の士気が大いに上がったのです。
「最高司令官は、もし彼が賢明なら、自分の軍隊が自分を知るように配慮するだろう」。もしこの地上の死すべき人に関して賢明だと言えたとするなら、私たちの最高司令官はさらに賢明です。主は最高の知恵をもって――私たちはこれを謹んで申し上げます――彼を知る私たちの知識が絶えず増し加わるよう確証して下さいます。
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館

「最高司令官は、もし彼が賢明なら、自分の軍隊が自分を知るように配慮するだろう」。もしこの地上の死すべき人に関して賢明だと言えたとするなら、私たちの最高司令官はさらに賢明です。主は最高の知恵をもって――私たちはこれを謹んで申し上げます――彼を知る私たちの知識が絶えず増し加わるよう確証して下さいます。
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