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転換:聖霊の支配の中で

 ですから、あなたの新約聖書の中にあなたが見い出すものは、いずれにせよ、この転換です。また、私たちが自分自身の霊的経験の中に見い出すものはすべて、もし私たちが真に聖霊の御手の中にあるなら、これと関係しています。「ああ、私はこの経験を通っているところであり、この困難を抱えているところです。私は悲しみのこの道、困惑のこの道を通っています」とあなたは言います。どうであれ、それはみな聖霊の支配下にあり、この移行と関係しています。一つの立場から別の立場への、一つの種類の人格から別の種類の人格への移動と関係しています。その焦点は目下のところ、あなたのいる状況にあります。良い状況であれ悪い状況であれそうです。「いかなる道を通っても、いかなる代価を払っても」とある通りです。

 そして、まずは黙想するのが心地よくない次の点から私たちは初めることにします。それは何でしょう?一つの種類の人性の実際的滅亡が絶対に必要だということです。私は実際的という言葉を強調します。私たちの古い人性の教理的、理論的、神学的、哲学的滅亡ではなく、実際的滅亡です。

 旧約聖書は最初から最後まで、一方において次のことに満ちていることに、あなたが気づいているかどうか私には疑問です。それは、極めて有利な条件下でも、この人性は神を満足させられないことを明らかにしている、ということです。神は一つの民を召し出し、彼らを御自身に結び付けて、御自身のものとされました。彼らが彼の立場にとどまっている間、彼はあらゆる地的な一時的祝福――霊的祝福ではありません――で彼らを祝福されました。彼らが戒めに従順でありさえするなら、彼らの香油、たくわえ、かご、家族、仕事は祝福され、彼らはこの地上でことごとく繁栄しました。彼は御自身の主権の下で、エデンの園の間ずっと、またイスラエルの時代のあいだずっと、彼らに素晴らしい経綸を与えられました。それなのに、私たちの旧約聖書の最後はどうなっているでしょう?いかなる条件下でも、神が一時的に賜ることのできたあらゆる有利な条件下でさえも、この種類の人性は失敗したのです。それは悲劇的物語であり、旧約聖書はそこで閉じざるをえません。この人性は目標に到達せず、失敗しました。この面に関して人類史全体の上に、神に対して「失敗した」と大文字で記さなければなりません。

 さて、新約聖書に入ると、どんな出来事が見られるでしょうか?この問題はすべて、新約聖書で絶頂に至ります。神が踏み込んで介入し、一つの筋道に沿って仰せられました、「私たちは徹底的・積極的にこの問題を最高点・極点に至らせます。しかしそうするには、あらゆる歴史あらゆる時代の人々に次のことを見せて知らしめなければなりません。すなわち、この人性を私たちが最高点・極点に至らせることが必要な理由です」。ああ、私たちは単なる幻想に興味はありませんが、これは魅力的です。一度これを見始めると、これは興味深くなります。


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