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 神の働きにおいても裁きの下に至るおそれがあるというのは、恐ろしいことではないでしょうか?神の呪いの下にある力によって、私たちの能力の力により私たちが生み出すものによって、神に受け入れられる生活を御前で送ることは不可能です。申命記には、木にかけられる者の体を「夜通し木に残しておいてはならない。必ずその日の内にその人を埋めなければならない。木にかけられる者は、神に呪われるからである」とあります。ガラテヤ人への手紙でパウロはこの御言葉を、「私たちのために呪いとなられた」キリストについて述べたものであると解釈しています。夜通し木にかけられている者は全土を汚染します。私たちの主イエス・キリストは、全被造物の代表として、もし夜通し十字架上にとどまっていたなら、全地を汚染していたでしょう!神の御言葉の中にこれより恐ろしい思想はありえません。これは何と私たちに、神に見捨てられたこの被造物の恐ろしい状態を明らかにしていることでしょう。それはあまりにも呪われているので、古い性質のものはみな、何の例外もなく、その代表としてすべてのもののために呪いとなられた方によって、放棄され、拒絶され、除かれます。

 新創造の必要性、絶対的新創造の必要性が分かるのはここだけです。すべてが新しくならなければなりません。神の御言葉は「見よ、私はすべてのものを新しくする!」と告げています。神はイエス・キリストを死者の中からよみがえらせました。また創世記に戻ると、「地は荒廃し、また空虚であり、そして暗闇が深い淵の面にあった」とあります。神は「父の栄光を通して死者の中からよみがえれ!」と言われました。神は御子を死者の中からよみがえらせました。神は御子を「死者からの初穂」として示されました。復活するのは新創造です。キリストにあって私たちも新創造です。「すべてが新しくなりました」――紛れもなく、これは真実です。

 「しかし、すべては神から出ています」。すべては新しくなります。私たちの知恵は新しい知恵です。私たちの力は新しい力です。私たちの心は新しい心です。私たちの能力は新しい能力です。すべてが新しくなります。それは私たちの内におられるキリストです!


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