子たちの訓練

 この御旨とこの召しに関連して、この手紙に次に現れる点は子たちの訓練です。この召しは子たる身分によって実現されることになりますから、もし子たる身分に到達しようとするなら、私たちは訓練を受けなければなりません。こういうわけで、使徒は子たる身分を基調として彼の手紙を始め、その音色を何度も何度も響き渡らせ、これに関連する「兄弟たち」という言葉に繰り返し言及し、その後、十字架の偉大な贖いの過程、償いの御業、祭司の働きについて述べて、人の贖い――それは人が神の当初の御旨に立ち返ることができるようになるためです――に関連するすべての点を取り扱った後、十二章に到達し、子たる身分の問題をその訓練に関して取り上げます。ここでは、あなたたちは子として取り扱われており、「これはあまりにもたいへんな訓練、懲らしめであり、あまりにも奇妙な経験、試練である」と思いそうになります。しかし、少し待って下さい。来るべき世界の主権、キリストとの協力関係、そして栄光と尊さを意味することになるものはみな、懲らしめと訓練という方法によります。主は「受け入れる子をすべて鞭打たれる」とパウロは述べています。これは神の子供としての私たちと関係しているだけでなく、それ以上のことを意味します。ギリシャ語本文ではこの点はとても明確であり、「受け入れるすべての子」(あるいは直訳すると、地位に着ける)となっています。子(son)は子供(child)よりも優っています。子(son)は家で成年に達した者であり、子供(child)は家に生まれた者です。子たる身分(sonship)に達すると、父親は子(son)を誉れと責任を伴う地位に着けます。私たちは誰かのことを「自分の右腕」と言いますが、聖書は「右手の子(son)」について述べています。

 この問題について、使徒にはさらに私たちに言うべきことがあります。「懲らしめを耐え忍びなさい。神はあなたたちを子(sons)として取り扱っておられるのです」。これは「主はその愛する者を懲らしめられる」という前の見解の続きです。それから使徒は続けます、「その上、私たちの肉の父は私たちを矯正するのに、なお彼らを敬うとするなら、なおさら、私たちは私たちの霊の父に服従して、生きるべきではないでしょうか?」。御父は私たちの霊を取り扱っておられます。霊を発達させられた人たち、霊的に成熟に達した人たちが統治することになるのは、来るべき世界においてです。この人々が来るべき世界を治めることになります。これは、御霊による生活と神の究極的御旨との間の関係という私たちの主題のすぐ近くに私たちを導きます。問題は霊的教育、霊的発達の問題です。


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