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聖書朗読:へブル一・一~三、二・五~一二、三・一~二、七~八

 へブル人へのこの手紙はますます大きくなって行くように思われます。これは私たちが持っている最も大きなものの一つである、と私は時々思います。ここにいくつかの句を挙げてあります。これらの句はこの手紙に対する鍵です。それだけでなく、この手紙よりも遥かに大きなものに対する鍵でもあります。

 二章五節に「私たちが語る来るべき世界」とあります。あるいは、さらに直訳すると、「私たちが語っている」です。その途方もない意味にあなたは感銘を受けないでしょうか?「あなたは何を考えているのですか、どうしてこれを書いたのですか、あなたの記述全体を支配しているものは何ですか」と尋ねるなら、使徒は「私たちが語る(私たちが語っている)来るべき世界です」と言うでしょう。この手紙に記されていることはみな、これと関係しています。それは私たちに、来るべき世界――神はこれに御心を定めておられます――だけでなく、その世界の統治権をも確保するための、神の方法と手段をすべて示しています。ですから、この手紙で述べられているのは、来るべき世界の主権についてであり、この手紙によると、私たちはこの神の御旨と関係しているのです。

 これを分解して、生じるいくつかの点について見ることにします。

神の当初の御旨

 これは一章と二章に明確に示されています。神は人という特別な観念を持っておられました。神の御思いを表現するものとして創造された人が意味するところの観念です。すなわち、人は被造物に対する主権を持たなければならない、という観念です。「人は何者なので、あなたはこれを御心に留められるのですか?人の子は何者なので、あなたはこれを顧みられるのですか?」。この後半の句は、さらに直訳すると、「あなたはこれに言及されるのですか」となります。「あなたは、少しの間、彼を御使いたちよりも低いものとされました。あなたは彼に栄光と尊貴の冠を与え、御手のわざの上に立てられました。あなたは万物をその足の下に服従させられました」。これが神の意図でした。神の永遠の御旨の中にあったのはこれでした。すなわち、人に被造物、世界に対する主権を持たせることです。これが神の当初の御旨でした。

 次に、堕落という一大悲劇が生じます。人は神の御旨の完全な度量に決して到達できません。人はこの主権に少しだけあずかりましたが、開始してすぐに堕落して、自分が持っていたこの地位だけでなく、持つはずだった地位をも失いました。人の堕落という悲劇と、それと共に生じたあらゆる結果に、私たちは直面しています。こういうわけで、この手紙が次に示すのは、当初の意図・御旨の確保です。


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