四.寄留者であり旅人である

 それと密接に関係し、対応していることですが、その土地のアブラハムは寄留者・旅人として幕屋の中に住み、その地に何の分け前も持たず、その土地では旅人だった、と告げられています。これは天的性質の特徴ではないでしょうか?ここでは寄留者であり旅人です。しかし、それでは私たちはどこに属しているのでしょう?ペテロは彼の手紙を書くときこう述べています、「愛する者たちよ、私は旅人であり寄留者であるあなたたちにお願いします……」(一ペテ二・一一)。天の国に属しており、天の市民権を持っているのです。

五.地的庇護や報いを拒むこと

 この世からの庇護や報いは、アブラハムには何もありませんでした。彼は正しい諸原則のために尽力したかもしれませんし、そうすることによってこの世の人々に益をもたらしたかもしれませんが(この地上の主の民の霊的奉仕がこの世に対して、この不敬虔な世に対してすら、何らかの益を及ぼしたことに、異を唱える人がいるでしょうか?その中に主の民がいなければこの世がどうなっていたかは、主だけが御存知です)、アブラハムは彼の活動から益を受けたこの世の人々や、ソドムとゴモラの町の人々に対して、彼らが何らかの報いを与えて彼を庇護しようとした時、「結構です」と言いました。アブラハムは依然として外に立っていたのです。

 この地上の神の民の奉仕を利用すること、彼らに感謝、称号、地位を送ること、彼らをこの地上の人々の間で重要なものにすることが、これまで悪魔が仕掛けてきた最も深刻な罠の一つでした。これらの昇進が行われ、これらの贈物が与えられ、この感謝が送られ、これらの地位が与えられる時、往々にして、深遠な霊的重要性が失われ、その生活の実際の霊的価値は終わりを告げることがわかります。多くの真に価値ある神の僕の悲劇は――彼らは霊的な方法で神によって力強く用いられましたが、その霊的価値を失い、その特徴を失ったまま人生を終えました――何らかの方法で彼らが感謝・受容されるようになり、この世からの感謝と恩恵と報いを受け取ったせいでした。天的性質と分離を維持することが、霊的価値を維持するのに必要不可欠です。

六.天然的能力や力を拒むこと

 アブラハムはとても厳しい学校でこの学課を学ばなければなりませんでした。彼が落胆して、天然的な方法・手段・行程で神の御旨を実現しようとした時、彼の人生は恐るべきあざや傷によって損なわれました。今日のこの世は極めて恐ろしい方法でこの傷を抱えています。イスラム教を見なさい、イシマエルを見なさい。そうするなら、アブラハムが天然的な道筋に沿って神の御旨を実現しようとした時に犯した、あの致命的間違いの成熟した姿を見るでしょう。天的な民はそんなことをしません。天的な教会はそんなことをしません。教会はそうしようとしてきました。世的な手段によって、天然的な能力や力によって、自分の神聖な使命を果たそうとしてきました。その悲劇は明らかです。その弱点は誰の目にも明らかです。天的なものには、天然の能力や力は決して許されません。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
04 | 2018/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ