主御自身に対する究極的献身――その課題と可能性

 さて、この点を大いに明らかにして強調するのに十分なデータを提示したと思います。では、このすべてから何が生じるのでしょう?私たちは何を求めているのでしょう?私たちは本気で神と交渉するつもりがあるでしょうか?主の心が定まっているすべてのものの上に、私たちの心は全く定まっているでしょうか?さて、兄弟、姉妹、この課題を受け入れて、この問題を考えて下さい。もしそれが真実なら、良いことがたくさん起きるでしょう。私たちの心がこの目標に定まっているなら、主は必要とあらば私たちを剥ぎ取って、御自身の目標を達成されます。私たちの心が主の目標、主の完全な目標に定まっているなら、私たちは死に至るまで自分の命を愛さないでしょう。議論や討論をしないでしょうし、主御自身以外の何ものも自分の標準や制約とはしないでしょう。主が欲しておられるすべてのものの上に自分の心を定めている人なら、「まあ、何某氏はとても敬虔な人で、このことやあのことをしています。どうして私がそれ以外のことをしなければならないのでしょう?」と言う人は誰もいません。ああ、このような方針の人々と、私たちは何と多くの戦いをしていることか!私の経験上、人々との際立った戦いのいくつかはこの類のものでした。愛する人よ、厳かさと愛の限りを尽くして言いましょう。もしそれがあなたの標準なら、あなたは神の標準に遠く及ばないでしょう。かつてこの地上に生きていた最も聖なる敬虔な人ですら、あなたも私も決して自分の標準にしてはなりません。神は御子以外の人が無謬になるのを決して許したことがありませんし、これを示すために散々苦労してこられたことを、あなたは認めなければなりません。御自身の御心にかなっている人であると告げられているダビデは、自分の失敗を神に覆ってもらいませんでした。彼の失敗は神の御言葉の中に記されており、数千年そこにあって万人が見ることができます。たとえ神に最も用いられた人でも、その人の弱さを神が隠された人は一人もいません。私たちが男や女を自分の標準にすることを、神は断じて許されません。


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