さてこれと並んで、この同じ点の別の絵図にすぎませんが、ヨシヤの時代のリバイバルに私は出くわしました。それはイスラエルの最後の大きなリバイバルでした。ヘゼキヤの下でリバイバルらしきものがありましたが、ヨシヤは全イスラエルを招集しました。そこで人々は自分の町や村から上って来て、エルサレムで過ぎ越しの祭りの一大祝典を祝いました。この出来事についてこう述べられています、「預言者サムエルの日からこのかた、このような過ぎ越しの祭りはイスラエルにはなかった」(二歴三五・一八)。ああ、リバイバル!しかし、この出来事がすべて描写されて、その徹底性と熱意に関して述べ尽くされた時、とても純粋に見えるものに対して、「しかし主はその激しい激怒を撤回されなかった」というこの恐ろしい御言葉が直ちに述べられています。私が思うに、これは最高潮の逆です!すべてが台無しです!リバイバルのこの大いなる日に、民もまさにその中にいて、すべてがとても純粋で素晴らしいものに見えるにもかかわらず、それについて直ちに「しかし主はその激しい激怒を撤回されなかった」と述べられているのです。さらに、これよりも強烈な事柄が続きます。リバイバル以上のもの、リバイバルの熱狂以上のものを、主は欲しておられます。勝利者はこのような人々ではありません。主が欲しておられるのは、御自身から離れたことのない心の状態です。一大運動に熱中している人々ではなく、始終その心が真実だった人々です。これは新約聖書、黙示録にも言えるのではないでしょうか?これを主はそこで示しておられるのではないでしょうか?それは、堕落のただ中で、主の全き御旨に対して忠実な人々です。外面的な示威的行為やしるしによって回復された人々ではなく、その心が主の嗣業の上にしっかりと堅く据えられている人々――それは主が御自分の求めておられるものを得るためです――です。


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