ダビデのとても有名な物語をあなたは覚えているでしょう。彼は熱心に且つ情熱的に、主へのまことの信仰心により、ある日、イスラエルの長老たちと民を共に集めて、「もしあなたたちが良いと思うのなら(中略)私たちの神の契約の箱を再び私たちのところに持ってこようではありませんか」と言いました。確かに、それはとても良いことです。私たちは同意します!それを行うのはとても良いことであり、それは主を喜ばせるに違いありません。そこで彼らはすべての手筈を整えました。彼らは契約の箱のために荷車を造り、その上に契約の箱を載せて、大いなる情熱と熱心さで道を進み始めました。確かに彼らは主に仕えていました。その道すがら、雄牛が躓きました――なぜなら、この類のことが遅かれ早かれ困難に際して必ず起きるからです――そしてウザが契約の箱を支えるために手を伸ばしました。すると、主の怒りが彼に対して燃え上がり、彼は主の御前で死にました。その日、ダビデは主に対して悲しんで、「どうして私は神の契約の箱を自分のもとに持ってくることができるでしょう?」と言いました。そして、契約の箱の行き先はオベデエドムの家になり、そこに長い間ありました。その後、次の章では全く新しい領域が開かれます。ダビデはレビ人たちに身を聖別することを命じて、「レビ人たち以外の何者も契約の箱を運んではならない。なぜなら、主は神の契約の箱を運ばせるために彼らを選ばれたからです……」と言います。この章の後の方では、ダビデが「最初(レビ人たちが)契約の箱を担わなかったから、主は私たちを打たれたのです。私たちがしかるべき方法で主を求めなかったからです」と言ったことが記されています。

 さて、レビ人たちは何を表しているのでしょう?ウザが表しているのとは正反対のものです。ウザは何をしているのでしょう?ウザは、主のための働きの良いささやかな計画の管理人の一人です。第一に、私たちは会議を開いて、主のためのこの良い計画をどのように行うのかについて議論するのです!私たちは自分たちの荷車、自分たちの素晴らしい機械的計画を持ち出します。私たちは主のために働こうとします!しかし、彼らがその提案に取りかかるやいなや、死が入り込みます。主のための最善の動機、最大の熱心さでなされたことの中に死が入り込みます。その事の結末は死です。それは最初から、主の権益のために肉や血に諮る天然のしるしをすべて帯びています。主の働きを遂行するために人の観念を具現化し、人が責任を負って状況の上に手を置いています。これは、主の奉仕においても、死の領域です。

 レビ人たちはこの正反対のものとして登場します。彼らは契約の箱を、荷車ではなく自分たちの肩に担いました。レビ人たちは、天然の立場は死の立場としてことごとく取り除かれた事実を表す人々です。この働きによって示される証しがイエスの証しです。それは本質的には、死は勝利のうちに飲み尽くされたという証しです。もしあなたが荷車、人間的考え、ウザの手を持ち込むなら、この証しに矛盾します。それは天然であり、人であり、旧創造です。イエスの証しの傍らにそれを置くなら、あなたは矛盾します。神は矛盾を支持されません。死がそれを打つでしょう。


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