バラムの預言

 彼の陰謀、策略、狡猾さはいかなるものでしょう?私はバラムに言及しました。バラムに戻ることにしましょう。イスラエルを呪うためにバラムがバラクに雇われた時、バラムはやって来て山に登り、平原を見渡す頂に達しました。その平原中にイスラエルが広がっていました。バラムはイスラエルを麻痺させるためにイスラエルを呪うことを欲しました。神の御手がバラムの上に臨み、その御手の下でバラムは口を開いて話し始めました。彼が述べた二つの点に特に注意することにします。「主はヤコブの中に不法を御覧にならなかった」。ですから、ここではいかなる呪いも機能できません。「主はヤコブの中に不法を御覧にならなかった」。なぜでしょう?ヤコブの中に不法がなかったからでしょうか?断じて違います!ヤコブの中にはたくさんの不義がありました。なぜ主はそれを御覧にならなかったのでしょうか?彼らの生活の中心に、幕屋、祭壇、いけにえ、貴い血、大祭司、至聖所と憐みの座があったからです。彼らはその周りに集まっていました。「主は不法を御覧にならなかった」。ここで私たちは絵図を見ています。それを新約聖書の言葉で言い換えると、それはキリスト・イエスを信じる信仰によって私たちが得ている神の義です。それは私たちが生来持っているものではなく、キリストにあって受け取るものです。私たちがこの立場にとどまる時、呪いは無効化されます。

 さて、次にバラムはこう述べました。「これは一人離れて住み、諸国民に間に数えられない民である」。諸国民の間に数えられない。ああ、これは栄光です!これはイスラエルを諸国民から分離するだけでなく、諸国民の上に置きます。さて、代々の時代にわたってサタンが神の民に対してしようとしてきたことが一つあるとするなら、それは彼らを諸国民の間に数えられるようにすることです。私は厳粛に、注意深く述べています。今日のキリスト教界のまさに中心に、認知されたいという欲求があります。認知!組織化された教会が行うことはみな、認知されるためです。これらのすべての諸教会はどうでしょう?つまり、この場合、これらすべての手の込んだ人目を引く建物はどうでしょう?それらは認知されるためです。それらは大したものと認められるためです。その行為、宣伝、その他の多くのものはみな、何を目的としているのでしょう?認知されること、この地上で認めてもらうこと、数に入れてもらうことです。そうです、これはサタンの勝利です。そこでは霊的力は失われています。そこでは、教会は天に属すると見なされるものではなくなっています。教会は、霊の中で、地に下って来て、諸国民の間に数えられるものとなりました。この世に占有され、この世から称賛を受け、この世から評価される地位に、サタンが神の民を着けることができさえするなら、サタンは勝利して、教会をその天的地位から引きずり下ろし、地的なものにしたことになります。これは旧約聖書を貫いている原則です。これが黙示録でも問題であることがわかります。神はそれを許しません。サタンはこの道筋で成功を収めます。彼は教会を天から引きずり下ろしました。どこかでサタンは教会を地に触れさせ、何らかの方法で地とのつながりを築いたのです。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ