次に、この序言で述べるべき最後の言葉はこれです。すなわち、私たちが述べてきたことはみな、教会に関する悪しき者のすべての働きに抵抗して無に帰すために勝利者は立つ、ということを意味するのです。勝利者に関する限り、敵のすべての働きが無に帰されること、勝利者は代表して「教会は打ち負かされていない!」と告げることを、これは意味します。教会の中にはサタンの普遍的勝利を拒むものがあります。黙示録のこの一二章は包括的な方法でサタンについて要約していますが、それはこれを伝達・示唆しているのだと思います。第一に、包括的な方法で、サタンは大きな赤い龍として示されています。この名称は「いにしえの蛇」「悪魔またサタンと呼ばれている者」「人の住む全地を欺く者」また後に出てくる「私たちの兄弟たちを訴える者」というこれらのさらなる句を含んでいることがわかります。サタンに対するさらなる称号をあなたは私のために見つけられるでしょうか?ここでサタンについて要約されています。この龍はこれをみな含んでいます。これらの言葉が示す内容の違いを私は知っています。しかし、それはこの箇所が示す事柄の完全な意味ではありません。蛇、いにしえの蛇の形をしたサタンは欺く者です。これは使徒パウロの「サタンがエバを欺いたように」という言葉を彷彿とさせます。欺く者、騙す者、これが蛇です。蛇について述べる時、それが意味するのは常に、優位に立つために虚偽や偽りによって秘密裏に働く者のことです。虚偽によって欺くのです。悪魔――悪者、訴える者、サタン――は敵、憎む者です。これをすべてこの大きな赤い龍の中に籠めると、凶暴性、残虐性、力、破壊についての観念を示すものとなります。これがすべてこの一二章に示されています。勝利者はこれに立ち向かいます。サタンのすべての力、サタンのすべての歴史的活動・現われに対して立ち向かいます。勝利者はその前に立ちます。そして、その問題に勝利者は取り組みます。

 さて、これはすべて、もっぱら主として、教会に焦点づけられています。勝利者は教会を救い、教会の証しを無傷に保つために教会のために立ちますが、これは教会内のことです。私たちが立ち向かっているのは霊的に途方もないものです。これは歴史的出来事のたんなる提示ではありません。七つの頭と十の角を持つこの大きな赤い龍に関して、とても多くのことがなされてきたことを私は知っています。諸々の王国等に関して、歴史のかなりの部分がこれにまつわるものとして解釈されてきました。その道を取りたいなら、取ることもできます。しかし、教会が立ち向かっているのは途方もない霊的事物です。恐るべき霊の力です。この黙示録の最初の数章が示しているものはみな、もしそれを真に理解するなら、教会を攻撃するサタンの真の狙いを特に実証して示すものであることがわかります。先に進むにつれて、サタンの目的が何か、私たちは少し見ることになるでしょう。

 さて、これが勝利者、勝利者の地位、勝利者の使命の何たるかであり、勝利者が直面すべきことです。これをみな噛み砕いて身近なものにする必要があります。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ