この湧き上がる泉の効力

 第一に、御霊が信者の内に住まわれるのは、古い自己の命に対する勝利を与えるためである。より強力な力が入って来て、古い邪悪な肉の命がそこにある一方で、全能の力がそれを死の立場に保ってくれるので、われわれはその支配から逃れることができる。良い決意や、律法を守ろうともがくことによってではなく、内側の神の力によってであり、われわれは自分の全存在をこの神の力に明け渡したのである。ああ、ジョン・ニュートンが述べた「私は法王に関する多くの話を耳にするが、私を最も悩ます法王は法王ジョン・ニュートンである」という言葉は、深遠な真理である。今、神の御霊がそこにおられて、治め、支配し、この自己の命を死の立場に保って下さる。そして、われわれが御霊の中を歩む時、御霊はわれわれに勝利を与えて下さる。

 第二に、彼がそこにおられるのはキリストに関する事柄を現実のものとするためである。「彼は私から受けて、それをあなたたちに示します」という約束の通りである。さて、これはキリストに関する事柄を「展示する」ことではなく、それをわれわれに対して「実際のものとする」ことを意味する。

 第三に、彼がここにおられるのは、父なる神をあなたに対して現実のものとするためである。神があなたの父であるのは聖霊によることを、あなたは理解する。そしてあなたが神に祈る時、あなたは創造者に、地の基を据えて諸々の惑星を軌道に保っておられる御方に祈っているだけでなく、天におられるあなたの父に祈っているのである。そして、必要を抱えて、助けと助言を求めつつ、あなたの地上の父のもとに行くのとまったく同じように、あなたはあなたの天の父の御許に行くことができるのである。こうして、子たる身分の霊があなたの内に住んでおられるので、あなたは父なる神を理解する。さらに御霊は、われわれがキリストにあって持っている一つ一つの祝福を拾い上げて、それらをわれわれに所有させて下さる。彼が悲しんだり、消されたりしていない時、彼はこれを行っておられる。これが御霊の中にある生活である。

 それから御霊は、われわれが自分の生活の中で何とかしなければならない問題や困難を引き受けて、それらをわれわれのために神の御旨にしたがって解決して下さる。そのため、外側の生活は自然に内なる生活の表現となる。この内なる生活は純粋で、清く、高潔なものであり、愛と優しさに満ち、全人類を愛のまなざしで見渡し、助けの手を差し伸べて蹂躙・抑圧されている人々を立ち上がらせるための機会をうかがっているのである。

 この問題は自己の努力や、ヤコブの井戸から労苦して水を汲むことにあるのではない――そうすることは律法に戻ることである。使徒が言うところの「この世の貧弱な要素」に戻ることである。幼稚な事柄に戻ることである――神がわれわれのために持っておられる満ち満ちた豊かさに向かって前進することではない。今から後、あなたはどちらを選ぶのか?湧き上がる泉だろうか、それともヤコブの井戸だろうか?


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