真の自由とは何か

 しかし、キリスト者の自由は無政府状態――それは自己意志の反乱に他ならない――ではない。むしろ、父なる神と堅く結ばれて、御子なるキリストとしっかりと一つになるべきである。聖霊の優しい支配に全く明け渡して、人の意志が神の意志に融合されるほどでなければならない。そして、神御自身の絶対的に自由な主権的御旨と一つにされなければならない。神は御旨のままになさるが、神の御旨は常に絶対的に正しくて絶対的に慈悲深いことを為すことである。

 しかし、こうした一切のことにおいて、信者の個性が損なわれることはない。むしろ、この個性は高められて、愛らしいものを全て愛する熱烈な愛という神聖な水準に達するのである。

 それは従順であるが、新契約の下での従順である。新契約では、母親の愛のように、律法は心の中に記される。母親は、自分の子供の誕生によって自分の最も深い部分に生じたあの責務に従うことに、最高の喜びを見い出す。

 真に正直な人で、盗みに対する法律に束縛を感じる人はいない。その人が正直なのは、法令集に印刷されている文章のためではなく、自分の心に記されていることのためである。その法令が撤廃されても、彼は依然として正直なままだろう。そしてそれゆえ、彼は完全に自由なのである。この内面的働きがなければ、人に対していかなる外面的働きをしたとしても、その人は自由にならないし、自由にはなれない。有罪判決を受けた犯罪者に恩赦を施しても、その人は自由人にはならない。彼は依然として自分の犯罪的願望の奴隷である。しかし、彼が誠実さ、実直さ、高潔さと恋に落ちるとき、彼は自由になる。こうした変容をすべて、恵みは贖われた心の内に為すのである。


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