平安と勝利の状態にある

 ローマ七章から八章に移ると、ローマ七章のこの哀れな人が平安と勝利の状態にあることがわかる。今、彼の証しはいかなるものか?「キリスト・イエスにある命の霊の法則が罪と死の法則から私を解放しました」。

 新しい決意、新しい習慣ではないし、いっそう深く自己にしがみつくことや、いっそう祈ることでもない。ローマ七章の苦悩の中にある人が祈らないとでもあなたは思うのか?使徒パウロがローマ七章の中にあった時、きっと彼は昼も夜も神の前にひれ伏して祈ったにちがいない。もはや祈りや、あなたや私がなしうることや、パウロがなしえたことでもなく、神がなしうることである。

救済策の存在

 内側からさらに努めることではなく、外側からの何かを内側に注入されること――これがパウロの言わんとしていることである。そして、「ああ、私は何と哀れな人でしょう」と言いかけている時でも、霊的敗北のまさにその苦悩の中から、彼は自分の顔を上げて勝利の証しをする。なぜなら、彼は秘訣を見い出したからである。彼は言う、「キリスト・イエスにある命の霊の法則が罪と死の法則から私を解放しました」(ロマ八・二)と。

 それゆえ、この人は後に、「私にとって生きることはキリストです」と書き記すことができた。あなたや私よりも彼のことを親密に知っていたピリピ人にそう書き送ることができた。「いま私が肉体にあって生きているその命を、私は神の御子の信仰によって生きます」と彼は、試練と試みの下にある彼を見ていたこれらのガラテヤ人に言うことができた。「私の努力、私の決意、私の誓いによってではなく、キリスト・イエスにある命の霊の力、権威、法則によります」。

 彼は意志の道筋では敗北したが、自分の内におられる御霊の力によって勝利する。超人的基準は超人的力によって達成される。パウロはその力を握った。それゆえ、勝利のローマ八章がある。それを神のすべての子らは経験することができる――絶えざる勝利、平安、力の生活を経験できるのである。


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