偽善者

 しかし、そうすることはあなたを憎しみに満ちたパリサイ人にするだけである。それは柔和であることではない。イエス・キリストが何よりも憎んでおられるのはパリサイ主義である。これは、彼にはどうしようもない唯一のものである。当時、パリサイ人に対して彼が唯一言えた言葉は、「あなたたちは禍である」だった。

 彼には彼らのための使信は何もなかった。彼の福音の中にはパリサイ人のためのものは何もなかった。否、パウロはパリサイ主義に戻ろうとしているのではない。

 彼が「善」について語った時、パウロの心の奥底には、あの避けがたい要求があったのである。その要求は、彼の新しい性質と新しい命の促しとによって彼の上に課せられたものであり、「自己がいかなる形で現れたとしても、自己に対して勝利しなければならない」というものだった。

 今、キリストのような生活として高く上げられた一つの水準に直面して、一つの深刻な危険が生じる。

深刻な危険

 この危険がパウロにあったにちがいない。彼はそれに抵抗して、それについて神に激しく叫ばなければならなかったと、私は確信している。その危険とは、つまり、キリストの標準は高すぎると述べたり考えたりする危険である。それがそこに置かれているのは、それに到達するためではなく、われわれが渇望すべき理想としてである、と述べたり考えたりする危険である。それは善いものであることをわれわれは同意しなければならないが、肉がそれに到達すると期待するのは別の問題である。

 さて、ここに一人の人がいた。彼は何とかしてそのような種類の生活を送ることを志しており、それが実現するまで決して諦めなかった。

 ご存じの通り、「矢で月を狙っても月には届かないが、矢で納屋を狙うなら矢はそれよりも高く飛んで行く」という諺がある。

 パウロはそのような貧弱な詭弁によって決してくじけない。私の友よ、あなたや私ならくじけているだろう。

 さて、私はとても実際的な問いに移ることにしたい。


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