御言葉:「私が来たのは彼らが命を持つためであり、また、彼らがそれをいっそう豊かに持つためです。」ヨハ一〇・一〇

 これがイエス・キリストのメッセージの新たな調べだった。そのほとんどは、無理解な耳の上に落ちた。いわゆる福音伝道が十九世紀の間なされてきたが、その大部分は依然として理解されないままである。

―キリストは山上の垂訓のような道徳の教師であることは理解されている。
―彼がわれわれの諸々の罪のために死なれたことは、事実として、理解されている。
―彼が問題を行いによる義から信仰による義へと変えて、中心をアラビアのシナイ山からユダヤのカルバリ山に移されたことは、不完全ながら理解されている。

 しかし彼が来られたのは、信じる人に新たな性質の命、昔も今も彼御自身の内にあるまさにその命を与えるためであること――これは理解されていない。

 永遠の命については、確かに多くのことが述べられている。しかし、それは存在の存続――肉体の死という事実にもかかわらず命が存続し続けること――を意味するものとしてしか理解されていない。

 イエス・キリストの教えでは、使徒たちの書き物と同じように、キリストによって彼を信じるすべての人に分与されるこの命は、確かに無限の命を意味する言葉である。しかし、無限性は人の命にすぎないものの特質でもあるので、永遠の命は、質に関して、種類に関して遥かに強調している言葉である。


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