悩む族長の転機

 このこと自体はとても単純である。「私はあなたのことを耳で聞いていました」。ヨブのもとに来た神に関する証しがあった。そして、彼はそれを真の信仰と良い生活の基礎とした。通常、クリスチャンの経験はまさにその通りの過程を経る。キリスト、そのパースンと御業に関する記録がある。それは神の証しであり、われわれはそれを受け入れ、神は真実であるという証印を押す。われわれは救われる。証し、耳で聞いたことに信仰はまったく基づいているが、それはまったく本物の信仰である。まさに最後の章に至るまで、それがヨブの信仰だった。

 ここに一人の敬虔な人がいた。その人の外側の生活は非の打ちどころがなかったので、神はサタンの悪意に対して「その中に欠点を見つけてみよ」と挑戦することができた。彼は消極的な意味で善人だっただけではない。積極的な意味でも善人だった。彼の生活は物事の正当な益になる面に立脚していたのである。

 次に、神のあの奇妙な取り扱い、あの許された懲らしめが始まった。それは、とても多くの他の人々の生活においても謎であり続けてきた。当時最善だった人が最も悩むことになるとは、何と奇妙なことか。神の御手が極めて重くのしかかったように思われる人になるとは、何と奇妙なことか。そしてこの事実は、御存知のように、様々な解釈を招いたのである。

 この人の善良さと有益さに関するサタンの意見は、「この人は金目当てで働く者にすぎない」というものだった。「あなたは彼の周りに垣根を設けられたではありませんか?」。あなたは彼に並々ならぬ繁栄を与え、ある意味において、彼を買収したのです。これがサタンの意見だった。それは嘘だった。そして神は、この人の生活に関するサタンの理論の誤りを示すために、サタンに許可をお与えになったのである。

 神は事実上、「その垣根を取り除きなさい」と仰せられた。それから何が起きたのか、あなたは御存知である。彼の繁栄は去り、彼の子供たちもいなくなったが、それでも、この人の高潔さは残った。彼は神を呪わなかった。

 次にサタンは、前の理論と同じように誤っている別の理論に頼って、「皮には皮をもってします。人は自分の命のために、その持っているすべての物をも与えます」と言った。あなたはこの人に健康を残しました。「今、あなたの手を伸べて、彼の骨と肉とを撃ってごらんなさい。彼はあなたの顔に向かって、あなたを呪うでしょう」。

 それで、これが許された。彼の健康は去り、大きな痛みが彼の上に降りかかった。繁栄を奪われ、家族を奪われ、健康を奪われた。それでもこの人は、神に関して聞いたことに基づく信仰によって、自分の高潔さを保った。

 次に、彼の友人たちの理論が登場した。「彼の生活の中には何らかの隠された罪があるにちがいありません。彼はまんまとその罪を人の目から隠しおおせているのです」という見解に彼らは合意した。彼の上に重くのしかかっている悲しみの唯一の原因は、彼は偽善者であり、人が思うほどは良くなかったからだ、と彼らは堅く確信した。そしてこの信念に基づいて、彼らはこの問題を彼と議論した。しかし、これもまた偽りであることをヨブは知っていた。それで、「自分は偽善者ではない」という主張を彼は維持した。


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