「そこでイエスは彼らに答えて言われた、『神を信じなさい。まことに私はあなたたちに言います。誰でもこの山に向かって、動いて、海の中に入れと言い、そして心の中に疑いを抱かず、自分の言ったことは必ず起きると信じるなら、何でもその言った通りになります』」。

 「ですから、私はあなたたちに言います。あなたたちが祈る時に願うものは何でも、すでに受けたと信じなさい。そうすれば、あなたたちは得ます」。

 「また、あなたたちが立って祈る時、誰かに対して何か恨み事があるなら、赦してあげなさい。それは、天におられるあなたたちの父もまた、あなたたちの咎を赦して下さるためです」。

 懸案の問題の証拠である以下の点に注意せよ。

 第一に、「神を信じなさい」という命令では、彼らが持つよう命じられているのは明らかに御座の信仰である。なぜなら、一言の命令によっていちじくの木がしおれるのを彼らは目撃したばかりだったからであり、また、奇跡に関するペテロの論評はこの御言葉を示唆していたからである。次にまた、この御言葉は文字通りには「神の信仰を持ちなさい」である。これは、ベンゲルが述べているように、「神を持っている人々が持つべきもの」であり、われわれの主御自身がまさに行使されたものである。

 第二に、ここでは、信仰の中で命じる特権を経験することを使徒たちは完全に許されているだけでなく、信仰の中で祈る特権をも許されている。これらの信仰の発言には必ず結果が続く、という約束も同様に明確である。

 第三に、ここでは使徒たちだけに直接語られているが、それでもわれわれの主のこれらの一連の御言葉は、使徒たちを通して全ての信者に宛てられている。これは二つの点を考えれば明らかである。第一に、「あなたたちの中の誰でも」ではなく、「誰でも(中略)と言い(中略)そして心の中に疑いを抱かず」と述べられている。これは広範な聖書的「誰でも」の範疇の一つに属しており、聖霊によってイエスを主と呼ぶよう教わったすべての人に適用できる。つまり、神から生まれたすべての人に適用できる。また、緊急時における、その積極的な個人的適用は、結果について心に疑いを抱かない類の人々だけに限られる。その誤った適用の例、すなわち、再生されていない人がそのような御座の発言を試みた例が、使徒行伝一九・一六に記録されている。その個所によると、悪鬼に憑かれた人が話し手に反撃・襲撃したのである。


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