へブル書のこの章に示されている、信仰による御座の力のこれらの姿勢の結果のいくつかに注意せよ。彼らは「数々の王国を征服し、義を行い、諸々の約束を受け、獅子の口をふさぎ、火の勢いを消し、剣の刃を逃れ、弱い者は強くされ、戦いの勇者となり、他国の軍を退かせました。女たちは、その死者たちをよみがえらせてもらいました。他の者たちは、さらにまさった復活を受けるために、解放を受け入れないで拷問を受けました。また他の者たちは、冷酷な嘲りや鞭打ちという試練を受け、その上、縄目や投獄という試練を受けました。彼らはのこぎりで引かれ、試みられ、剣で殺され、羊の皮や山羊の皮を着て放浪し、無一物になり、悩まされ、苦しめられました――この世は彼らにふさわしくなかったのです」。

 確かに、これらの力強い勝利者たちは前の時代に証しした。その時代は、信者の輝かしい身代わりである御方が死・復活・昇天により御座の生活の諸々の特権をすべての信者のために確実に獲得する前の時代であり、彼の勝利の御霊の降臨により彼の御力が分与される前の時代だった。しかし、「世の基が据えられる前から屠られていた小羊」の功績は未来だけでなく過去にも及ぶことを示唆するものである格別な経綸上の重複を、彼らは個人的に経験したのである。それゆえ、これらの記録が「記されたのは私たちの学びのためであり、私たちが忍耐と聖書の慰めにより希望を持つため」なのである。

 へブル書のこれらの偉人たちの信仰の武勇伝を読んで最初に思うのは、キリスト教の初期の数世紀以降、御座の力に関する姿勢について、教会は大いに逸れてしまったかのようである、ということである。一般的見方では、これはそうである。しかし、多くの顕著な例外に関してはそうではない。祖国と海外の両方の地における、恐るべき逆境に対する目覚ましい伝道の勝利は、その働きと達成の姿勢により、御座の力の継続的現れを証しした。他方、待ちつつ忍耐する姿勢による御座の力の継続的現れに関しては、時折生じた迫害の期間に現れた英雄的忍耐の多くの事例が、申し分のない証しとなっている。


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