第七の妨げ:ギルガルで待機するのを無視すること

 ギルガルは、イスラエルの子らが良き地に入った後、彼らにとって最初の、彼らが必要としていた安息の地だった。そこで彼らは待機して、それまで無視されてきた割礼の問題に注意を払った。無割礼のまま」良き地に入ることもできたが、その状態で敵に立ち向かうことはできなかった。

 さて、恐るべきことに、天上には無割礼の信者がたくさんいる。彼らはキリストのための自分の奉仕を進める時、敵に勝利しようとするが空しい。彼らはエジプトの誹り――それらは様々な天然的特徴や習慣の形で彼らにしみついている――を完全に除き去ることに失敗したのである。

 聖書は良き地にいる信者たちに、少なくとも三つの方面で霊的割礼の儀式を命じている。心、口、耳の割礼である。

 心の割礼は高ぶりからの清めと関係している。それは、われわれの願望や愛着、動機や考え、決意や決断に関するものであり、神に対して又われわれの仲間たちに関してである(レビ二六・四一、申三〇・六)。

 口の割礼。これもまた重要である。なぜなら、「心に満ちていることを口は語る」からである。また、「あなたの言葉によってあなたは義とされ、またあなたの言葉によってあなたは罪に定められる」。

 イザヤ(六・五)は自分の力不足を嘆いている。汚れた口のせいで、万軍の主なる王にまみえて奉仕することができなかったからである。そして、確かに、制御されていない舌は無割礼の舌である。信仰を告白するクリスチャンたちの間に、制御されていないさまよう舌が何とたくさん見出されることか。

 耳の割礼。エレミヤは叫ぶ、「彼らの耳は無割礼であり、彼らは聞くことができない。彼らは主の言葉をあざけり、それを喜ばない」(エレ六・一〇)。無割礼の耳は、神の御言葉と御霊の御声に対して、故意に耳を閉ざすものである。

 そして今、親愛なる読者よ、主権者たちや権力者たちに勝利するのを遅らせてはならない。あなたがイエスと共に個人的に冠を受け、彼の栄光をもって輝き、彼の出現の時に彼のようになるまで遅らせてはならない。完全に打ち負かされてはならないし、御名のために耐え忍んでいる時に喜ぶことに失敗してもならない。大いなる「アーメン」であるありのままの諸々の約束を証明する証拠を求めて斥候を遣わしてはならない。むしろ、すべてのことがあなたのために働いて、遥かに卓越した永遠の重い栄光となること、そして、あなたは彼にあって圧倒的な勝利者になれることを覚えよ!


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ