第三の妨げ:先祖から受け継いだ現在の「諸々の伝統」

 もしかすると、これらのものが、霊的勝利が及びうる範囲に関するあなたの信仰に鉄の支配を課していて、従来の伝統的な境界を超えることを禁じているのかもしれない。ああ!旧経綸だけでなく新経綸においても、「先祖から受け継いだ諸々の伝統」の邪悪な影響は、とても巧妙なものなのかもしれない。教会の中には防腐処理を施された数々の理論がある。それらの理論はその古めかしさのゆえに崇敬されているが、それらを疑わずに崇敬している人々は、それらと一緒に自分も防腐処理を施される経験をしているのである。

第四の妨げ:自信の残滓

 これらのものが存在するのは、自己に対して死に切っていないからである。あらゆる深さの恵みを経験する必要がある。自分の歩みと道に関する自意識が、キリストを意識することによって失われるようになるには、かかとに達する深さの恵みを経験する必要がある。奉仕のための力に関する自己満足が、「キリストの力は自分たちにおいて全うされる」という徹底的な弱さの感覚によって消え去るようになるには、腰にまで及ぶ深さの恵みを経験する必要がある。そして最後に、首にまで及んで頭を超える洪水が必要である。それは、知識、知恵、理屈、知的理解に関する自惚れが、われわれに対する知恵とされたキリストに関する啓示によってすべて消え去るまでである。

第五の妨げ:キリスト経験の実現ではなく、経験の実現を求めること

 これは昔ながらの陳腐な過ちであって、キリストではなくキリスト以外のものを求めることである。キリストのための自分の奉仕に敵対している主権者たちや権力者たちが、どれほど強く、またどれほど頻繁に自分を攻撃しているのかを理解している信者は、キリストのために又キリストを通して毎瞬勝利する勝利者としてキリストに信頼する代わりに、勝利するための力を求めて奮闘しがちである。

第六の妨げ:聖書の不適切な理解

 信仰によって天上に入ったことを理解している人々の中のあまりにも多くの者が、天上で成長・前進し続けることに失敗している。それは彼らが「約束の地の昔ながらの穀物」の代わりにマナを求めて日毎に聖書に向かい続けるからである。真理のマナ――それは日毎に少量だけ降って来て、露と共に消え去る――は荒野での巡礼には十分かもしれないが、霊的カナン人との戦いに召されている人々を力づけるには不十分である。

 天上にある信者は、「約束の地の昔ながらの穀物」である聖書の中のキリストで養われて力づけられる時はじめて、成長して、聖書を敵に対する確実な攻撃的武器として用いることができるようになる。これにより、彼は敵の詭計を暴いて、「こう記されている!」と述べるだけで敵を逃亡させることができる。


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