こうして、彼が将来占める御座と、彼が今占めておられる御座の両方を、主はわれわれと分かち合って下さる。彼の将来の御座の上に、われわれは個人的に彼と共に着くであろう。彼の現在の御座の上に――神の御旨と御思いによると――われわれは代表として彼と共に着いている。全般的にわれわれは彼から生まれている。そして霊的に、われわれは内住する御霊を通して、彼との意識的な交わりの中にある。

 相互的に且つ本質的に、今は目に見えないが、キリストは教会の豊満であり(エペ三・一九)、教会はキリストの豊満である(エペ一・二三)。今はまだ、彼のからだのためのこのかしらの力、彼のからだを通してあらわされるこのかしらの力は、やがて現わされる完全で自由な力の前味わいにすぎない。それにもかかわらず、教会は信仰によって、現在、この約束をほぼ無限に行使することができる。「あなたたちが私の中に住んでおり、私の言葉があなたたちの中に住んでいるなら、何でも望むものを求めなさい。そうすれば、それはあなたたちにかなえられます」。「あなたたちが信じて祈り求めるものは何でも、あなたたちは受けます」。「もしあなたたちうちの二人が地上で合意して求めるなら、天におられる私の父は彼らのために何でもかなえて下さいます」。

 このように極めて偉大な貴い約束――その気前良さにわれわれの信仰は常に圧倒されてしまう――の可能性と確実性の根拠は、エペソ一・一九~二三が与えている保証である。この御言葉によると、キリストが死者――人の最も低いどん底の地位――の間からよみがえらされた時に彼の内に働いた神の力、そして、次にキリストを全能者の高みにまで引き上げた神の力は、教会のかしらである彼に対して働いたのであり、それゆえ、それと全く同じ大きさの神の力が、今、彼を通して、われわれに対して働いているのである。

 さらに、その可能性と確実性のこの計り知れない根拠は、次の事実によっても示されている。すなわち、キリストが肉体において誘惑を受けられた日々のあいだ、勝利する力としてキリストの内に住まわれた聖霊、また、キリストの現在の高揚の実際的原因である聖霊は、それ以降、御座の高みから下って教会の内に住み、われわれが彼の御名にあって勝利できるようにして下さっているのである。このように聖霊は、現在われわれがキリストと一体化されていることの決定的印であり、今や御座に着いたキリストの霊としてわれわれの内に住み、われわれを力づけて下さっているのである。


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