天上における諸々の危機

 個々の信者に関する、これに対応する本体の段階は、キリスト・イエスにあって天上で占めている自分の地位についてクリスチャンが自覚することである。天上でクリスチャンは諸々の最高の特権を享受し、諸々の極めて恐ろしい危機に遭遇する。なぜなら、肉的戦いと支配から逃れて信仰の安息に到達し、自己から比較的自由になって、キリストのために行動して耐え忍ぶという唯一の願いに没頭するようになった人々が、ひとたびこの約束の地の中に入る時、彼らは一方において自分たちを守り支える神の力と、他方において従事すべき戦いの現実とを、新たに且つ鮮やかに感じるようになるからである。なぜなら今や彼らは、かつてなかったほど、自分たちがいかに主権者たちや権力者たちと顔と顔を合わせて戦っているのかを理解するからである。この戦いは「この暗闇の世の支配者たち、天上にいる邪悪な霊の軍勢に対する」(改定訳)戦いであり、霊のカナン人たちに対する戦いである。このカナン人たちは自分たちの最初の地所を失った。そして今、彼らの住まいと世的支配権を奪い取らなければならない。その時、信者は見出す。天上の経験の全領域を、キリストとの交わりにより、所有するのは容易であり、それは最初から自分のものなのだが、それでも、それをどれだけ享受するかはどれだけ前進するかにかかっているのである。完全な所有という意味では、自分の足で歩んだ場所はどこでも、その人のものである。そして、ああ!往々にして、このカナン人たちは弟子を非難し、巧妙な腕前で、誘惑し、駆り立てて、その堅固な姿勢を崩そうとする。前進するための断固たる弟子の努力を一掃しようとする。弟子は、偉大な将の御名により、捕らわれ人を虜として引いて行き、主権者たちや権力者たちを虜にし、彼らを公にさらしものにしようとするが、カナン人たちはこれをひどく貶める。この果敢な信者は今や、はじめて、サタンの力から逃れることと、その力に打ち勝つこととの違いが、完全に分かるようになる。信者は次のことを学ぶ。われわれは比較的容易にエジプトの交わりの領域――そこは公の目に見える世的攻撃の舞台であり、われわれはそこに属しておらず、そこにとどまる権利もない――から逃げることができるし、シナイの経験――そこでの攻撃はより内面的・神秘的で辛いものである――を通るわれわれの巡礼を比較的早く終わらせることもできるかもしれないが、サタンに対して勇猛果敢に戦って、その世的支配権の選りすぐりの部分を侵略することは、それとは全く別の問題なのである。そこではわれわれに全権がある。これは血によって買い取られた権利であり、天から委ねられた権利である。この権利は現に存在しており、永続する。しかしそこでは、突然守備に降りかかって直面することになる敵の戦術は、まったく未知のものなのである!これほどサタンとその軍勢を怒らせるものがありえるだろうか?勇敢な信者に対して、彼らは自分たちの大きな力を示し、自分たちの最も狡猾な企みを試そうとするのである。


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