このもう一つの点に注意することにしましょう。この点は重要であり、興味深いです。この点とは、特別な方法でヤコブに対してこの「家」が登場する、ということです。アブラハムはユダヤ人国家の祖父でした。ユダヤ人たちは常に「アブラハムの子孫」と呼ばれています。しかし、アブラハムは父祖だったにもかかわらず、聖書の中に「アブラハムの家」という句は全く見あたりません。次に、神は何度も何度もご自身のことを「アブラハム、イサク、ヤコブの神」と宣べておられるにもかかわらず、聖書の中に「イサクの家」という句は全く見あたりません。しかし、「イスラエルの家」という句はあります。ですから、これはみなヤコブに遡るのです。

 さて、この意義がわかると思います。イスラエルは天的で神聖なものを表しており、地的な人からのものを除いたものを表しています。ヤコブは地的なものの型です。イスラエルが道から外れた時、霊的に衰退した時、主はイスラエルのことを「ヤコブ」と呼び、御心にかなっている時は「イスラエル」と呼ばれたことはご存じでしょう。「イスラエル」は天的な面です。ですから実際に神の家が登場するのは、ありのままのヤコブに対してではなく、イスラエルに対してです。同じ人なのですが、今では言わば天に移されており、今や天的な人です。「見よ、イスラエル人を。この人のうちに悪巧みはない」(ヤコブはない)。これはナタナエルに対する途方もない誉め言葉だったと思います。すべてをご存じの主が、「ここに真に霊的な人、霊的洞察力と判断力と識別力を持つ人がいます」と言えたのです。そこに「ヤコブ」はいません。彼が言わんとされたのはこれだと思います。

 さて、原則はこれで十分だと思います。神の家は、人にしたがっているものをすべて排除して、神にしたがっているもの、天的なものをもたらすことを要求します。


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