明け渡しは子たる身分のしるしである――小羊の御霊

 イサクの生涯の中で際立っているあの出来事に触れて終わることにします。それは、彼の父であるアブラハムが、神の命令によって、彼を主への供え物として捧げるために、モリヤ山への旅に連れて行った時のことです。これはイサクが象徴していることの最も美しい啓示の一つだと思います。「お父さん(中略)火と木を見て下さい。でも、燔祭の小羊はどこでしょう?」「わが子よ、神ご自身が燔祭の小羊を備えて下さるのです」。神はイサクに目をかけておられました。イサクは神に選ばれた者でした。イサクはこのことで神を満足させることになっていました。目的たるものは神のため、神の喜びのため、神の満足のためのものでした。イサクはこの路線の中にあります。自分が供え物である事実をイサクが知る瞬間がやってきます。おそらく突然のことだったかもしれませんし、道中のことだったかもしれません。アブラハムは祭壇に近づきつつ、「わが子よ、主はあなたを供え物にされたのです」と彼に告げます。それから、イサクが縛られる瞬間がやって来ます。この時、イサクは小さくて無力な子供だった、と誰も思わないで下さい。彼は成長した若者でした。彼の父親はとても年老いた人でした。もしイサクが反抗していたなら、当然のことながら、アブラハムには何も出来なかったでしょう。イサクはたやすく父親に反抗できたでしょう。しかし、そのような兆しや示唆は何もありません。この若者は、若い力があったのに、縛られるがままでした。そして、祭壇の上に横たわって、刀が振り上げられて自分に突き刺さりそうになるのを受け入れました。屠られることを受け入れました。彼の意志に関する限り、彼はこれを受け入れました。霊においては、これは成就されて終わりを迎えました。何の抵抗もありませんでした。ですから、こう言わなければなりません。イサクは完全な従順によって神の喜びのために自らを捧げた実例であることがわかります。これが子たる身分です。


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