すべてのすべてである神

 さて、この命の法則のすべての面をまとめました。命の御霊の法則とは何でしょう?それはどこでどのように働くのでしょう?最初から最後まで主御自身がすべてである、というこの立場に基づいて働きます。主御自身がすべてとなること、これがこの問題の核心です。「あなたの国、あなたの親族、あなたの父の家から出て行きなさい」。出て行きなさい――この地上のものに関する野心、たとえそれが神に関するものだったとしても、そこから出て行きなさい。物事から、たとえそれが神に可能な事や神が与えることのできるものだとしても、そこから出て行きなさい。どこに向かって出て行くのでしょう?神ご自身に向かってです。その結果が分かるでしょうか――ああ、これは素晴らしいです!――「私の友であるアブラハム」。私の友!何と多くのものをこれは含んでいることか!神のためにすべてを手放すこと、完全に神の側に立つこと、神に御自分の道を進んでいただくこと、たとえ神が御自身を否定して矛盾しているように思われても神に信頼することは、私たちが神の御心の中に直ちに入る結果になります。私の友!これは命でしょうか?命の道でしょうか?この言葉がアブラハムについて言えたのと同じように、最終的に私たち全員にも言えるようになるなら、それは確かに命ではないでしょうか?確かに、これは何物にもまして欲すべきものではないでしょうか?この地点に達するなら、「これはまさに命です!」と私たちは言うでしょう。これには何物にも代え難い価値があります!そうです、命は神との友情という基礎に基づいているのです。

 神との友情とは何でしょう?それはすでに述べてきたことです。神との友情はこの世との友情ではありません。私たち自身の天然の命や、その影響、慮りとの友情ではありません。神の事柄における野心、計画、達成との友情ですらありません。神が私たちのためになしうることとの友情ではありません。神ご自身との友情です。これがすべてです。そうである以上、主がたとえ遅れたり矛盾していたとしても、それにもかかわらず私たちは信頼しなければならないことを、これは意味します。友情とは敵意をすべて除き去ることであることがわかります。敵意はサタンからアダムを通して入り込みました。そして、アブラハムによって除き去られました。これは何を意味するのでしょう?信仰によって除き去られたのです。信仰は敵意を徹底的に滅ぼします。もちろん、それは漸進的です。アブラハムは一生の間このように生きなければなりませんでしたが、その結果、神の友になりました。


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