往々にして、子供、幼稚園児、信仰の初歩的段階にある、あまり圧迫に耐える力がない人々に対して、神はすぐに結果を与えてしるしを顕わさなければなりません。成熟のしるしは通常、外側の顕現やしるしが差し控えられるようになって、神ご自身のためにただ神と共に歩むよう要求されるようになることです。神が外面的事柄を差し控えられるようになることが、神の学校を卒業したしるしです。これは、この命に野心を抱いているかどうかに関する試験に合格したことを示します。

 アブラハムはこの最初の試験、この真理の最初の適用に失敗しましたが、幸いにも教訓を学びました。主の僕たちが霊的に前進するとき、私たちはそれを常に称賛しなければなりません。次の出来事――二つの出来事が立て続けに起きるのは注目に値します――では、この同じ領域で驚くべき素晴らしい勝利を目にします。十二章にはアブラハムがエジプトに下ったことが記されています。これは彼にとって死の道であり、命の道ではありませんでした。野心は死の道であることが判明しました。次の章で直ちに生じるのは、牧草と水を巡るアブラハムの僕たちとロトの僕たちの間の争いです。アブラハムはこの問題のことでロトのもとに行き、「争わないようにしましょう。何を争う必要があるのでしょう?(私たちは自分自身のために何かを欲しがっているのでしょうか?――これが彼の言葉の主旨です)さて、ロトよ、周りを見て、目を上げて、この地を見渡しなさい。この地の最も良いところを見て、それを選びなさい。あなたの好むところを私に知らせ、その残りを私に与えなさい。あなたは選んだものを取りなさい。あなたが行くことを選んだ方向とは反対の方向に私は直ちに進みます」という主旨のことを言いました。ロトは目を上げて、よく潤っていて肥沃なヨルダンの平野全体を見渡し、それを選びました。それで彼らは互いに別れました。アブラハムの側では、それは野心に対する勝利でした。直ちに神がやって来て、「あなたの目を上げなさい。(中略)あなたが見ている全ての土地を私はあなたとあなたの子孫とに永久に与える。私はあなたの子孫を地の塵のようにする」と仰せられます。結局のところ、ここに命の道があります。地的獲得、野心、満足の道、地上で何かを得ようとする道は、ロトにとって死の道になりました。この世に関する限り、アブラハムは手放しました。神のために手放しました。それで神がやって来られたのです。


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