しかし、外に出て復活の立場に達することは、外に出て信仰の立場に達することを意味します。ノアは復活を象徴し、アブラハムは信仰を象徴します。「あなたはそこを出なさい」!命そのものが信仰の命です。生活方法について述べているのではなく、命そのものが信仰の命であると言っているのです。信仰――神の御子の信仰――は命です。もちろん、これは深遠な発言ではありません。これがいかに単純で初歩的であるかは、これを裏返してみさえすればわかります。信仰から出ていないものは何であれ、常に死の性質を帯びています。疑いは死であり、不信仰は死であり、信頼の欠如は死であり、そのような類のものはすべて死です。疑問、論争、単純な信仰に欠けるものは何でも、私たちを停滞させ、停止させてしまいます。それは死です。ですから、命の法則がアブラハムの内に信仰の道筋に沿って働いているのがわかります。その信仰は絶えず深く深く働いて、ますます豊かな命を生み出します。この二つは同行します。信仰が深まれば深まるほど、ますます命は強くなります。同様に、命の度量のさらなる増加は、より深い信仰を意味します。

 ここでまた、アダムの悪を覆していることに気づきます。アベル、ノア、アブラハム、その他の人々、そのどの場合も、神は過去に遡って働いておられます。神はアダムの悪を覆しておられます。アブラハムに来る時、不信仰という基本的罪に対する神の勝利を彼に見ます。この人々は真なる方を指し示す人々です。キリスト・イエスの内にすべては集約されています。象徴的・典型的方法によってではなく、生き生きとした実際的な方法によってです。アダムを欺いて堕落させたサタンの勝利は完全に覆され、完全に無効化されました。キリストが現れたのは悪魔の業を滅ぼすためだからです。しかしこの箇所においても、悪魔の働きが象徴的方法以上の方法で滅ぼされつつあることをそれは意味することがわかります。神は状況の成り行きを覆し、アダムの過ちを無効化し、状況を正しつつあります。

 さて、アブラハムを見て、その生涯を二、三の包括的言葉でまとめなければなりません。アブラハムの全生涯を網羅しようとするつもりはありません。その概略すら網羅するつもりはありません。しかし、この信仰の生活の主要な要素をいくつか抜き出すことはできます。


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