罪がある限り、神とのいかなる交わりもありえなかったでしょう。そして、罪が存在していたのです。罪に関して、あなたはどうするつもりでしょう?あなたは罪を清算することができません。罪は死ななければなりません。しかし、罪は抽象的なものではないこと、人は罪となったことを理解しつつ、人性――そこからいわゆる罪を取り出したり、根絶したりすることはできません――を取り扱うには、罪の無い別の人性を導入しなければなりません。その時、私たちに起きなければならないことは何でしょう?罪を引き抜いてもらうだけでなく、死んで、キリストに私たちのところに来てもらうことです。「私はキリストと共に十字架につけられました。もはや私ではなく、キリストです」。キリストの礼拝は、罪に反対する証しとして放棄された命によりました。

 これがアベルのうちに働いていたことがわかります。もちろん、アベルは自分の命を放棄しませんでした。この型はこの点で欠け目がありますが、原則は同じです。アベルの死は罪に反対する証しでした――「あなたの弟の血が叫んでいます……」。

 さて、この争いがわかります。この争いは全く明らかです。そこにはカインの死の道があります。この道は礼拝、神に対する感謝、神への献げ物、それ自身の領域では輝かしいもので満ちています。また、アベルの命の道があります。後者は献げ物という結果になります。物ではなく自分を献げます。そして、この献げ物は祭壇の上にあります。被造物は死ななければなりません。


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