真の目的

 さて、ここに二重の揶揄があって、神の憐れみと善良さを全く見えなくさせます。次に、さらに隠されているこのことがあるのがわかります。それは、神をその地位から追い出して、その地位に自分が着くための、サタンの巧妙な隠れた方法です。これについて考えるなら、これはとても明確になります。これがまさに起きたことです。神は退けられて、サタンがその地位に着きました。これこそまさにサタンが狙っていたことです。サタンは、常にそうするように、神に関する疑義を携えて入り込み、自分の話に傾聴する耳を見いだしたことがわかります――ああ、サタンになびきやすい耳、サタンとの交渉は何と危険で災いなことか!キリスト・イエスは決してそうされませんでした。自分の疑義に対して開かれている耳を見いだして、サタンは速やかに行動し、このわずかな強みを活かして嘘、明らかな嘘をつきました。「あなたが死ぬことは決してありません」。サタンは今や本腰を入れて確信に導こうとしています。その皮相的な利点を強調して、奥深くに何かを打ち込もうとしています。「あなたが死ぬことは決してありません」。これもまたそのままでは済まず、ただちに別の何か――誤った立場にある真理――が続きます。「あなたがそれを取って食べる日(中略)あなたは神々のようになって善悪を知るようになることを、神は知っているのです」。まったくその通りです!神は後に、「人はわれわれのひとりのようになって、善悪を知るようになった」と言われなかったでしょうか?しかし、この真理は間違った立場にあり、その恐ろしい悲惨な結果は示されませんでした。知識を得た事実が問題なのではなく、神に背く方法で知識を獲得したこと、あなたを神から引き離すような方法、神から遠ざけ、神を私たちから遠ざけるような方法で知識を得たことが問題なのです。問題は、神から独立させようとする巧妙な隠れた意図を持つサタンのそそのかしで知識を得ることです。人が一たび神から独立した時、サタンは自分の目的を遂げました。サタンが神の地位にあります。

 さて、愛する人よ、これが死の道であり、それはすべて一言にまとめられます。死の道は神から自己と独立へと向きを変える道です。その独立とは、判断の独立、願いの独立、意志の独立です。ですから、「罪を犯す魂は死ぬ」。魂とは知性、心、意志です。神からの独立は死の道です。自分自身の考えを持つこと、自分自身で判断すること、自分自身の立場を固守すること、自分自身の結論に固執することは死の道です。何という領域をこれは開くことか!これは、そのからだである教会に関する主イエスの至高の頭首権という問題全体を開きます。そして、この霊的なからだの個々の肢体が何らかの方法で独立することを禁じます。これは、もちろん、それ以上の問題に触れます。死の道はアダムの道であり、判断の問題で自己に向かうこと、願いの問題で自己に向かうこと、意志の問題で自己に向かうことです。


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