イエスの人間性は私を圧倒する――われわれの人間性に関する彼の理解、その大いなる優しい心、その無限の麗しい同情は私を圧倒する。彼は痛んだ葦を決して折ることがない。彼が煙る燈心を消したことを告げる記事は聖書に一つも無い。砕けた心を彼は決して蔑まれない。ごく微かな叫びでも、彼は同情して耳を傾けて下さる。

 この人が語ったように語った人がかつていただろうか?このように愛した心がかつてあっただろうか?神たる方が、その神性を人性という衣で包んで、多くの発熱している額の上に人の手を置かれた。素晴らしいイエス――御父のかたちそのもの――が来臨して癒しの水を流して下さった。そこから渇いた心の持ち主は誰でも飲むことができた。素晴らしい、素晴らしいイエス!

 記録は彼の癒しの務めの物語でまさに満ちている。それらに関して聖書はとても明確である――それらは肉体のための癒しの奇跡だった。第二に、彼は弟子たちに、癒しの務め――それを彼は弟子たちに分与しておられた――を続けるよう命じられた。明快かつ平易な言葉で、弟子たちは病人の上に手を置いて回復させるよう命じられた。事実、癒しは信じる者たちに伴うしるしの一つだった。聖書はとても明快でとても平易なので、子供でも理解できる。癒しにはその裏付けに必要な権威がすべて揃っている。なぜなら、これらの御言葉はイエス・キリスト御自身によって語られたからである。

 次に、イエスの死・復活・昇天の後、弟子たちは主が彼らにするよう命じられたことをまさに行った。彼らが病人のために祈ると、病人は癒された。使徒行伝は、病んでいる人々の体に健康を回復することに関する、神の奇跡を行う力の記事で満ちている。様々な書簡の中で神癒は明確に教えられている。また最初の奉仕者団体の初代総裁である使徒ヤコブは、この問題における教会の立場について、はっきりと力強く記した。ヤコブ五・一四は依然として丘の上の灯台として立っており、体の病気や痛みで苦しんでいるすべての神の子供に、歓迎する真理の光線を照射している。稲妻が閃き、雷が轟き、不信仰という嵐がその岩の麓に打ち寄せている。しかし、この灯台はなおも輝いている。使徒時代の終わりにヤコブ五・一四は存在していた。われわれが生きている今日もヤコブ五・一四は依然として存在している。地獄の悪魔ども、信じない人々、信仰無き説教者たちは、その光を消すことに皆失敗してきた。


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