そう遠くない昔のこと、私は昔のエリコの廃墟の横に立った。作業員たちがせわしくゴミやガラクタを取り除いていた。そして彼らは、過去何世紀ものあいだ埋もれていた昔の家々のいくつかを発掘することに成功した。私が立っていた道の反対側には水の泉があった。その泉は今日に至るまでエリシャの泉として知られているものだった。列王記第二に記録されているところによると、エリコの都のある人が神の人であるエリシャに「水が良くなくて、土地が不毛なのです」と告げた。預言者は、明らかに御霊の霊感を受けて、「新しい壺を持って来て、その器の中に塩を入れなさい」と彼らに指示した。彼がそうした時、エリシャはその塩の器を受け取って、水の所に歩いて行き、その器の中身を水の中に注ぎこんで、「主はこう仰せられます、『私はこの水を癒した。今から後、これ以上死が生じることも、土地が不毛になることもない』」と宣言した。

 エリシャが主の御言葉に従った日から約三千年過ぎた。しかし、その水はいまだに甘いのである。その泉は、その中にアルカリの痕跡が微塵もない澄んだ、冷たい、煌めく大量の水を注ぎ出している。その周辺の他の泉はどれも飲用には適さない。また、その中に満ちているアルカリが、その近くの土地を白墨のように白く染めている。しかしこの泉――エリシャの泉――は煌めく水の美しい絶え間ない流れを注ぎ出している。それはその田園地方を潤し、その流れによって潤されているオレンジやレモンの木々はどれも、神の約束を私に告げている。われわれの神が「永遠に」と仰せられる時、それはまさしくその通りの意味なのである。神はあなたに約束されたのと同じ神である。

 それで、私は美しい泉の湧き上がる水の向かい側に立って、エリコの廃墟を見つめた。誰かが私の方に振り向いて、「これらの石はヨシュアがこの都の周りを行進した時に崩れたものなのでしょうか?」と言った。それに応じて私は大声で言った、「そうかどうか私にはわかりません。しかし、私は一つのことを知っています――エホバ・ニシ(われらの旗なる主)に彼らが叫んだように、私たちは今なお叫ぶことができるのです。当時そうだったように、それは今日も真実なのです」。われわれの小さな団体は道路を横切って、エリシャの泉の水から飲んだ。私の口はまだ湿っていたが、私は友人たちの方を向いて、「神は忘れてはおられません」と言った。

 紀元前八九五年から紀元一九三六年までは長い時である――しかし、その水は依然として甘かったのである。

 神の親愛なる子供たちよ、これにはあなたの信仰を強める教訓が含まれているのではないだろうか?

 「主はこう仰せられます」は紀元一九三六年でも紀元前八九五年と同じように真実である。唯一の違いは、当時人々は塩を注いだが、今日主は恵みを注がれることである。


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