われわれが信仰を行使・活用する次の発展段階は、約束を握ることである。前に述べたが、信仰を少しでも活用するには、まず何らかの確かな基礎が確立されなければならない。橋がそこにないなら、深淵を渡らせてくれる橋を信じることは不可能である。あなたに神を信じる信仰がある時――その信仰を分析するなら――それは神が語られたことに基づいていることがわかるだろう。主の子らの嗣業は聖書の素晴らしい驚くべき諸々の約束である。

 あなたの状態がいかなるものであれ、私の友よ――あなたの悲しみ、問題、心痛がいかなるものであれ――それに応じてくれる約束が神の御言葉の中にある。もしあなたが嘆きの衣を身にまとっているなら、神は賛美の衣をあなたに与えると約束して下さっている。もしあなたが誤解という夜の暗闇の中を旅しているなら、永遠の陽光が輝く栄光の山頂にあなたを導くと神は約束して下さっている。もしあなたが無知と誤解という谷間の中をさまよっていて、知恵を必要としているなら、神は御言葉の中で「私のもとに来なさい。私が知恵を与えよう」と言って下さっている。

 もし聖書の中から約束がすべて取り除かれてしまったら――もしイエスの務めや使徒たちの働きの記録しかなかったなら――われわれの歩む道は何と陰鬱で暗いものになっていたことか。われわれの宗教経験は、史的キリストについて黙想することだけになっていただろう。イエスが弟子たちと共に歩かれた記録を、われわれは聖書から読む。これは歴史である。しかしイエスが「見よ、私は世の終わりまで常にあなたたちと共にいる」と仰せられる時、これは経験を意味する。この約束を握って、信仰は言う、「主よ、信じます――あなたは私の近くにおられます――私の傍らにおられます」――そして、われわれの中の数千人が、これは文字通り真実であることを証しできる。イエスがエマオの道を歩んで、道すがら二人の弟子に語られた時、その二人の弟子の心は彼らの内に燃えた。この記録をわれわれが読む時、それは歴史である。しかし、あなたたちの町にもエマオの道があって、道すがら彼があなたたちに語られた時、あなたたちの心も内に燃えたのである。これは信仰の力という錬金術によって生み出された経験である。


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