こうして何年もたった。彼らが荒野をさまよっている間、「信仰は勝利である」とモーセは何回彼らに告げたことか。「救うことができる神の力によってのみ、あなたたちは打ち勝つことができる」と、折に触れて彼は何回宣言したことか。おそらく、この巡礼の間に生まれたこの世代は、神の御言葉とその背後にある全能の力とを堅く信じていた彼らの祖先たちよりも、信じようとしただろう。聖書の記録はわれわれに告げていないが、「人は過去の集大成に他ならない」ということがもし本当だとすると、約束の地の玄関口にいた新しい兵士たちには何かが起きたに違いない。あるいは、もしかすると、人のピンチは最後には神のチャンスになるのだろうか?

 他の力を使い尽くし、道はどれも行きどまりであることを見出して、彼らは自分たちの救いの神に背を向けたのだろうか?荒野における四十年の放浪は、彼らから兵士としての能力を奪ったに違いない。熱砂の上を歩く人は、自分の足に熱さを感じずにはいられない。

 ある深夜のこと、将軍のヨシュアは宿営を離れた。二マイル先に、青い月明りに照らされたエリコの恐ろしい要塞が見えた。その城壁は、「お前たちには通れない」と叫ぶ歩哨のように立ちはだかっていた。彼の心は不安と困惑に満たされたにちがいない。過去四十年間、問題は少しも変わらなかった。荒野の旅によって困難は除かれなかった。むしろ、困難が増したかもしれなかった。その孤独な時間、彼が遠くのエリコの城壁を調べた時、彼は何を思っただろうか?その都は攻め取ってしかるべきものだった。それについて疑問はありえなかった。その都を攻め取らなければならなかった。これを彼は堅く確信していた。

 突然、おそらくは近くのヤシの木立の影の下から、抜身の剣を手に持つ一人の人が彼の傍らに現れた。稲妻の閃光のように素早く、ヨシュアの口から説明を求める言葉が発せられた。従順は勇気をもたらすこと、そして、光の中を歩むなら恐れは消え去ることを知るのは、実に驚くべき不思議なことである。

 謎めいたよそ者の言葉は麗しいものだったがしっかりしていた。「否、主の軍勢の将として私は来たのです」。ヨシュアの心は彼の中ではずんだ。まさにここに契約の御使いがおられたのである。神は御民を捨ててはおられない積極的証拠がここにあったのである。信仰は勝利であり、それはエリコの壁を急襲し、その要塞の最上部からイスラエルの旗をはためかせるものだったのである。


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