イスラエルの子らがカデシ・バルネアで止まってから、長く辛い年月が流れた。以前彼らが約束の地の玄関に来てから、夏が四十回訪れては去って行き、四十回の冬を彼らは耐え忍んだ。広大なアラビアの砂漠で、数千の人々が、灼熱の太陽の下で白骨になった。四十年前は小さな少年にすぎなかった者たちが、今や、約束の地の玄関口にいたからである。

 彼らは戦いに従事しようとしていた。彼らは前に一度、四十年失った。彼らは軍隊と戦ったことがなかった――歩兵隊による襲撃はなかった。彼らに敵対して組まれた兵士の大軍勢はその山腹にはいなかった――しかし彼らは相変わらず敗北したままだった。混乱し、打ちひしがれ、落胆した状態で、彼らは所有できたはずの土地に背を向けてきた。そして、不毛で広大な砂漠の中に埋もれてきたのである。

 あの敗北の時に大人だった人のうちただ二人だけが、今、エリコの門の前に立っていた。この二人の人――ヨシュアとカレブ――は信仰の戦士だった。彼らが今そこにいるのは、彼らが信仰の旗を掲げたのを神が忘れておられなかったからだった。その信仰の旗は不信仰のそよ風の中ではためき、暗闇の全軍勢に対して勇敢にも立ち向かったのである。

 彼らが敗北した戦いは、いかなる戦いだったのか?カデシ・バルネアの戦場での戦いではない。エシュコルの谷で荒れ狂った戦いではない。彼らが敗北した戦いは、彼らの心という戦場で戦われた戦いだった。理性が信仰を打ち倒し、神の御旨を打ち破った。信仰は勝利であることを、彼らが知ってさえいれば。当時と同じように、信仰は今でも勝利である。

 信仰は、「あの人々はわれわれの前ではバッタのようだ」と叫んだ。しかし、理性は、「彼らは巨人であって、われわれを打ち負かす」と叫んだ。御父がその子らに、「前進せよ、私に信頼せよ」と命じられた時、信仰はその耳を永遠の御父の御声に対して開いた。理性は、不信仰の霧が彼らの神の幻を隠している間、吠え猛り嘲笑うアナクの子らに耳を傾けた。信仰は雲の柱を覚えていた。そして、彼らの巡礼の旅路で彼らを守り導いてくれた火の柱を忘れなかった。しかし、理性は城壁のある都の巨人たちの目の中に火を見た。そして、天の御座から臨んだ火を忘れてしまった。信仰は、神が衣として雲をまとわれた時、神のすがたに気づいた。しかし、理性はあまりにも長い間、城塞都市の城壁を見続けてきた。その思いの中にあまりにも大きな雲があったせいで、天の幻はまったく消し去られてしまった。


オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館
オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー 本館へ

コメント
トラックバック
トラックバックURL
コメントフォーム
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
全記事表示リンク
検索フォーム
個人のブログに関するリンク集
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

電子書籍
Glorious Secret
ジェシー・ペン-ルイス
「栄光の奥義」


The Cross of Christ
アンドリュー・マーレー
「キリストの十字架」


ランキングサイト
にほんブログ村 哲学・思想ブログ キリスト教へ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ

人気ブログランキングへ ブログランキング

ブログのまどランキングへ ブログ王へ

ブログランキング【くつろぐ】

QRコード
QR
カウンター

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ