教会は平和と安全を説いてきていた。世の哲学者たちは、われわれは高度に文明化されているので戦場で殺しあうことなどありえない、と宣言していた。私はハーグの平和宮に行ったことがある。その廊下を歩いて、世界の国々がそれを飾るために寄付した物を見た時、壁のその絵画たちが私を笑っているように思われた。諸々の本(その数千の本は国際平和の主題に関するものだった)は私を冷笑しているかのようだった。しかし、それらの本は同じ棚の中にあったのだが、そこには砲術練習生の轟音と、行軍の足音が鳴り響いていたのである。新聞と講壇は手を握って、戦争は無法であり文明世界はそれを決して許さない、と共に宣言した。しかし、いわゆる文明世界は神を忘れていたのである。

 理性が魂の園の中から信仰の花々を根こそぎにして、その場所に疑いと不信仰のイバラとアザミを植え付けていた。その後、最終的な大災害がやって来た。夏の日の微笑みの下で眠りについた世は、戦争の神の咆哮と猛威によって目覚めさせられた。その戦いが終わった時――数百万の遺体が埋葬された時――フランスの緑の野が真紅の色に染まった時―― 一つ以上の古代都市の大聖堂が破壊された時――やもめや孤児やホームレスの叫びが世界中に響き渡った時――キリスト教圏の残った成年男子たちは足を引きりつつ家に戻って来た。その日から、別世界になった。苦々しさが心の中に、不信仰が魂の中にあるようになった。「もし神がおられるなら、どうしてこんなことを許せるのか?」と彼らは論じた。

 文明の外見の下に、彼らは人の野蛮な本能を見た。そして、「ダーウィンは正しかった。神はわれわれの父ではない――われわれの祖先は類人猿である」と述べ始めた。一人以上の人の顔の上に、彼らはゴリラの唸り声を見た。血の中に浸って、このように有害な憎悪を経験した世界は、創世記に記録されているような、永遠であり全能である神の御旨によって創造されたものでは決してありえなかった。創世記を投げ捨てて、彼らは自分自身の誤った観念の空間の中を行き巡った。こうして、状況は悪いものからさらに悪くなったのである!

 戦争世代の若い成年男子や若い成年女子がこのような思想や感情を心に抱き始めたのは、大いに悪いことだった。教師たちがそれを公立校に持ち込んだのは、さらに悪いことだった。しかし、それが講壇の階段を登り、人の口を通して、神を礼拝するためにやって来たはずの会衆に語り始めた時、それは悲劇的であり冒涜的だった。


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