その後、洪水がやって来た。巨大なダムの壁が決壊したかのように、不信仰、疑い、恐れの洪水が波立ち、荒れ狂い、抗し難いほどの力で流れて吠え猛り、その巨大な流れですべての人や物を運び去った。この世でも教会でも、誰も逃れられなかった。例外は、霊的な高台に登った人々だった。彼らは狼狽しながら、また砕けた心で、自分たちの足下のこの荒れ狂ってうねる水を見つめた。

 自分たちが過去の年月の奉仕を通して建て上げてきたものが、ダンボールの家のように、この嵐の猛威を前にして崩れ去るのを、彼らは見た。理想、道徳基準――祖先の信仰――は、みな無慈悲にも、この嵐に乗ってラオデキヤという平原に、あるいは無神論や不信仰という暗い谷の中に運び去られた。

 この時までは、この世にすらある程度の信仰があった。決して教会に入ったことのない人々でも信じていた。幾人かのボルテールや、二、三のトマス・ペインはいたが、市井の平均的な人々は、たとえ救われていない人でも、神を信じていたし、救いの力を認めていた。諸教会には人々がよく集っていた。人々が歌う詩歌は福音の真理で脈打っていた。祈りは熱烈だった。この世のすべてがうまくいっているわけではなくても、神は御自分の天におられることを、ほとんどすべての人が信じていた。これは、もちろん、この洪水の前のことである。

 とても多くの人は、この教会の倒壊を世界戦争(第一次世界大戦――編集者)のせいにしている。特に、教会の中の平均的な人々や霊的な事柄における信仰の挫折をそのせいにしている。世界大戦は紛れもなくその最高潮だったが、それに先立つ多くの要素がそれに寄与した。しばらくの間、霊的邪悪さに対する戦いが天上でなされていたのである。

 不可知論者のトマス・ペインは、それを理性の時代と呼んだ。ハックスレーは、その科学的心変わりにより、彼の知的観念という大剣で信仰の要塞を攻撃した。ダーウィンはわれわれに彼の「種の起源」を与えた。彼は教会の大部分や多くの科学者から嘲られ非難されたが、自分の理論について考え続け、遂に致命的影響を及ぼし始めた。人間生活という戦場でささやかな敗北を喫したことは何回かあったが、教会は長きにわたって自分の立場を守ってきた。

 諸々の大学がこの戦いの中に入った。そしていわゆる教授たちが、最初に、自分たちの悪魔的・非合理的教えをほのめかし始めた。そして暗示により当時勃興しつつあった世代を堕落させようと試みた。その少年たちは、史上最大の戦争の戦場で砲弾の餌食になる運命にあった。心と知性の中にその種が植えられてきたが、まだ完全な実は結んでいなかった。種を蒔いたら刈り取らなければならない。これが永遠の神の基本法則である。それは何と恐ろしく悲劇的な刈り取りだったことか!


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