しかし、この満たしの性質を認識しそこなっているせいで、多くの人が困惑している。

 聖霊をさらに得ようと求める代わりに、聖霊がわれわれをさらに得ることができるよう、われわれは自分自身を聖霊に委ねるべきである。

 ここで単純な例証が助けになるだろう。

 あなたが誰かを自分の家に迎え入れて、一つの部屋を与えたとする。その部屋はあなたの家で最善の部屋だが、まだその部屋しか与えていない、と仮定しよう。しばらくして、あなたはその人に別の部屋を与える。このようにあなたは続けて行き、一つずつ部屋を与えて、ついには全家がその人のものになり、その人の支配下に入る。

 さて、この場合、何が起きたのか?この人がますますあなたの家の中に入って来たということではなく、あなたの家がますますこの人のものになったということである。

 だから、忘れないようにしようではないか。御霊に満たされることについて述べる時、その祝福は神からの単なる影響や流出を受け取ることにあるのではない。御霊はひとりのパースンである。われわれは御霊を受けた。われわれが死から命に移った時、御霊はわれわれの心の中に入って来られた。信じてキリストに回心した時、われわれは個人的な聖霊を受けた。しかし、この祝福は次の点にある。すなわち、われわれはますます完全にその力と支配の下にもたらされたのである。御霊がさらに十分にわれわれを所有されたのである。

 これが全く聖められることである。霊――われわれの存在の中心部分であり、ここから再生の御業が始まる――だけでなく「霊・魂・体がすべて」――言わば家の中のすべての部屋が――御霊に明け渡される時、その時、われわれは「聖霊に満ちる」のである。


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