もし願いに欠けているせいで多くの人が妨げられているとするなら、受け取らないせいで妨げられている人はどれほど多いことか!真に熱心な人々の問題はここにあるように思われる。求めは多いのに祝福が少ししかないか、あるいは全くない理由は、それに見合った仕方で受け取っていないからである。しかしこの扉――いま信じて受け取ること――を通して、御霊の充満だけでなく他のあらゆる祝福も実現されるのである。

 この問題に関するわれわれの主の指示は明確・明快である。「ですから、私はあなたたちに言います。何でもあなたたちが祈り求めることは、すでに受けたと信じなさい。そうすればその通りになります」(マコ一一・二四)。つまり、「祈り求めたものを、いつの日か、遅かれ早かれ受けるだろうと信じるのではなく、祈っている時に実際に受けたと信じるべきである」(「新約聖書注解」エリコット司教編)。

 自分は受けたと信じることは、自分は願い求めていると信じる以上のことである。われわれの信仰が求める段階から受け取る段階に移る時、この満たしが臨むのである。

 真に求めることは、キリストの御名の中で求めることである。このように祈る時、われわれは求めるだけでなく受けるのである。「今までは、あなたたちは私の名の中で何も求めたことがありませんでした。求めなさい、そうすれば受けます。それはあなたたちの喜びが満ちるためです」(ヨハ一六・二四)。

 ここでわれわれの主は「求めなさい、そうすれば与えられます」とは述べておられないことに注意しようではないか。これは真実だが、彼がここで述べておられるのはもう一方の面――人の面、受け取る面――である。「求めなさい、そうすれば受けます」。真の願い求めには、必ず、その後にあるいはそれに伴って、実際現実に受けることが続く。


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