御霊の豊かさについて述べられていることを理解するために新約聖書を注意深く学ぶなら、人が聖霊で満たされる四つの異なる方法に気づく。

 第一。待つ期間の後。これは使徒行伝の最初の章に記されている。弟子たちには信頼すべき確かな約束と、従うべき明確な指示があった。その約束は「あなたたちは間もなく聖霊でバプテスマされます」(使一・五)というものだった。その命令・指示は、弟子たちがエルサレムを離れずに「あなたたちが私から聞いていた父の約束を待っていなさい」(使一・四。またルカ二四・四九)というものだった。この待つ期間の後、満たされる時が来た。使徒行伝の二章に記されている通りである。「彼らはみな聖霊で満たされた」(使二・一~四)。

 第二。祈りの期間の後。「彼らが祈っていた時、彼らの集まっていた場所が揺れ動き、彼らはみな聖霊で満たされて、大胆に神の言葉を語った」(使四・三一)。ここで使われている言葉は使徒二・四に記されている言葉とまさしく同じであることを見落としてはならない。この句の繰り返しは、使徒たち自身ですら聖霊の絶えざる刷新を必要としていたことを、われわれに教えているように思われる。彼らは過去の経験に安んじていなかったし、ペンテコステの時に受けた備えを当てにしてもいなかった。その時彼らが受けた祝福により、彼らは「イエス・キリストの霊の供給」(ピリ一・一九)を求めて復活した主を見上げる姿勢に導かれた。この使徒行伝四章に記されていることは、ペンテコステの素晴らしい祝福は彼らを祈りに頼らないようにはしなかったことも、われわれに教える。

 第三。手を置いた後。「それから彼らは彼らの上に手を置いた。すると、彼らは聖霊を受けた」(使八・一七)。また、「パウロが彼らの上に手を置いた時、聖霊が彼らの上に臨んだ。すると彼らは異言で語り、預言した」(使一九・六)。

 第四。宣べ伝えの後、または福音を告げている間。「ペテロがこれらの言葉を語っている間に、その言葉を聞いていた人たち全員の上に聖霊が下った」(使一〇・四四)。「そして私が話し始めた時、聖霊が最初私たちの上に下ったのと同じように、彼らの上にも下りました」(使一一・一五)。斜体の箇所は原文にはないが、この言葉をわれわれは強調する。それは、この祝福が臨んだのは、御言葉が宣べ伝えられている間だったことを示すためである。

 これらの事実から、人々は一つ以上の方法で御霊に満たされたことがわかる。また、この特別な目的のために一定期間待った後でなければ、ここで述べられている特別な祝福を受けることはできない、と結論を下すのは正しくないことがわかる。


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